第12話 原石
「――他に、どこか行きたいところはあるか?」
「うーん、特にはないけど、いろいろ見て歩きたいです」
「なら、貴族街の大通りから歩くか」
「はい」
途中、王国レストランがいくつかあったが、外に張り出しているメニュー表をみて驚いた。たしかに食事のメニューは王国の料理だが、帝国語での表示が誤字だらけなのだ。
「どうした?」
「いえ。王国語から帝国語への翻訳が結構間違いだらけだなぁと」
「6年前まで王国語を話すのはタブーだったからな。通訳や翻訳のなり手が育ってないんだ」
「なるほど……ちょっと失礼しますね」
私はレストランへ入ると、オーナーと思しき男性に帝国語で話しかけた。
彼は若き頃に王国へ渡って料理を習得し、数年前にアングレア料理の店を構えたらしい。メニュー表を指さしながら正しい翻訳表現を教えると、それは喜んでくれた。
「お礼に、今度ここの看板メニューをご馳走するよ」
「わー、嬉しい。楽しみにしてるわ!」
「ついでに新メニューも試食してもらえると助かるんだが」
「お安い御用よ!」
笑顔で手を振ってお店を出たら、殿下から「ちょっと付き合ってほしい所がある」と言われ、宝石店へと連れて行かれた。
「好きなものを選んでくれ」
「え?」
「婚約の品も何も贈っていなかったから」
「私も同じですからお気遣いなく」
「っ――欲しいものはないのか?」
「自分で買えますから」
そう言って、金貨を1枚だけ入れたスカートのポケットをポンポンと叩いた。
「元婚約者の金で買うのか?」
「今は私のお金です! 私の心を削って得た、正当な……対価なの」
「……自分で買っても、意味ないだろう?」
「あのですね、殿下!」
「なんだ?」
「贈り物というのは、相手のことを考えながら自分で選ぶことに意味があるの! お金は出すから好きなものを選べって言われても――嬉しくもなんともない!」
「……そうなのか?」
「少なくとも、私はそう」
「だが――」
それでも何か買おうとする殿下の腕をやや強引に引っ張ってお店を出ることにした。しばらく歩いていると、通りの様子が変わったことに気が付いた。街ゆく人々の服装もカジュアルで、お店自体もごちゃごちゃとした雑多な印象を受ける。
「ここからが庶民街の大通りだ」
「へぇー。活気があって良いですね!」
アーチが4つ連なった石造りの橋の上では、髪飾りやペンダント、イヤリングや指輪などを置いた露店がひしめき合っている。
「わー、楽しそう。あっちのお店を見てみてもいい?」
「ああ」
「このブローチ可愛いなぁ。あ、この髪飾りも」
「……両方買えばいいだろう?」
「うーん、でもなぁ。欲しい物と必要なものは違うというか」
「どういう意味だ?」
「たとえばこのブローチ。宮殿では身につけられないでしょう?」
「別に、自分が気に入っているものをつければいいだろう?」
「『皇太子妃としての威厳に関わる!』なーんて言われそうだもん」
「……」
「あっ、でもこの指輪、素敵……」
「鉱物原石じゃないか。指輪だったら、先ほどの店で――」
「ねぇ、どうかな? 可愛い?」
そう言って、指輪を左の薬指にはめて殿下に見せてみた。
「ほら!サイズもぴったり!」
殿下は深くため息をつくと、
「……マスター、これをもらえるか?」と言い、その指輪を買ってくれた。
「殿下、ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべてお礼をいうと、殿下は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
たしかに、先ほどの宝石店で見た指輪は、どれも30,000マルクル以上はする品質の良いものだった。
でも今の自分には、この30マルクルの、素朴で温かみのある指輪の方がしっくりくる。
私はまだ、この指輪の石と同じ原石みたいなもの。
でも、時間をかけて磨いていけば――いつかきっと、さっきの宝石たちのように輝き出すはず。
幸か不幸か、研磨剤には困らない。
意地悪な女官たちも、愛をくれない夫も、私の立場を危うくする公妾だか愛妾だか愛人だかも。ぜーんぶ私を素敵な女性に成長させるための、糧にしてやる!
殿下が思わず振り向くような、大人の女性に成長した私をみてから後悔したって、後の祭りなんだからっ!
そんなふうに息巻いて宮殿に帰って行ったのだけれど、結局、この日のお出かけが、殿下と出かけた最初で最後の外出になってしまった。
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