第7話 生まれ年のワイン

「皇太子妃殿下。僭越ながら、本日の目出度い席に、妃様の生まれ年のワインをご用意させていただきました」

「まぁ、嬉しい」


 合図を受けた給士係がワインを持ってきてくれて、微笑みを貼り付けたままラベルを確認すると、確かに私の生まれ年に王国の天才醸造家と謳われる生産者が手掛けたワインだった。


「最悪……」

 ぼそりと王国語でつぶやいた。

 なぜなら――私の生まれた年はブドウの生育が霜害による影響を受けたため、ウェストヒルズ村のとある造り手が手掛けたワインを除き、とても提供できる味ではないからだ。


 とはいえ、まずは大臣がホストテイスティングをするだろうから、そこで異臭に気づくだろうとスルーしていたら、あろうことか、ルビー色をした液体が並々と自分の目の前に置かれた美しいグラスに注がれた。


「――大臣、テイスティングはよろしいのですか?」

「ぜひ、妃様に最初に召し上がっていただきたく」


 そう言った彼の右端の口角だけが嫌味に吊り上がったのを見て、嵌められたのだと理解した。


「まぁ。それでは、ありがたくいただきますわ」

グラスを目線の高さまで持ち上げると、

「(ありがたくいただきますわ)お気持ちだけ。――殿下、どうぞ」

そう言って、隣に座るアルフォンス殿下へスッとグラスを差し出した。


「は?」

「わたくし、未成年ですから。お酒はまだ――」

飲めませんの、としおらしく言って睫毛を伏せた。


「ほ、本日は特別な日ですから、細かいことはよろしいではありませんか」

「権力を有する者こそ己を強く律しなければならぬ――法治国家である帝国の貴族法典前文第1項。嫁いだ以上、私もかくありたりたいと思っておりますの。ね、殿下?」

「――分かった」


 私と大臣のやりとりを聞いていた殿下はそう言うと、静かにグラスを持ち上げた。


「殿下っ!!」

 慌てた様子で大臣が殿下を制するように席を立ったが、時すでに遅しだった。


「っ、何だこれはっ!?」

 殿下が思わず無造作に鼻と口元を手で拭い、ダンッと乱暴にグラスをテーブルに置いた。


「殿下っ!? どうかなされましたか!?」

 後ろに控えていた衛兵がすぐにやってきて、殿下の体調を確認し始めた。


「まさか、ワインに毒が……」

 誰かがそうつぶやいたのをきっかけに、騒動はおさまりがつかなくなり、結局、披露宴はメインのお肉料理がサーブされ終わったところで中止されることになった。


「毒じゃないわよ、ただ不味いだけ。はぁ――、これからデザートだってときに! あの狸オヤジ。絶対、許さないんだから!」

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