第6話 謁見と披露宴

 宮殿にある謁見の間。


 丸暗記していた型通りの挨拶を済ませ頭を上げると、玉座から陛下が私をじっと見下ろしていた。私もまた、陛下と瞳を合わせたまま、しばらく動けずにいた。義父となる陛下は、私の父親を亡き者にした人でもある。もちろん、直接手を下されたわけではないけれど。


 憎しみは……ないといえば嘘になるが、陛下個人に対する恨みというよりは、理不尽な時代に生を受けたことに対する嘆きにより近い。陛下が私を見つめる眼差しにも、罪悪感や嫌悪感というものは感じられない。


 しばらくの間そうやって、半分帝国人の血が流れる身でありながら、王国人として帝国と戦わなければならなかった父の苦しみと、そんな父に刃を向けなければならなった陛下の葛藤に、想いを馳せていた。


 私が愛されないと分かっていながら帝国に嫁いできたのには、両国の戦禍による被害者をこれ以上出さないためにこの身を役立てたいという思いが少なからずあったからだ。

 まぁ、正直なところ、挙式直前に婚約を解消させられた私に対する世間の目や醜聞から逃れ、心機一転、新しい生活を始めたかった、という思いの方が大きかったのだけれど。


 陛下は、アルフォンス殿下から教会で婚姻の儀を終えた旨の報告を受けると、型どおりの祝辞を私たちへ述べた。それから、おもむろに控えていた側近に視線を移し、「皇太子妃のティアラはどうした?」と問いかけた。


「作成しておりません」

 臆面もなくそう答えたのは、先ほど結婚式を挙げた教会で最前列に腰かけて参列していた男性だった。たしか――財務大臣だったはず。


「その理由は?」

 予想外に冷たく響く陛下の声に、その男がビクリと身体を振るわせた。


「それはっ……予算的に厳しく――」

「大聖堂での挙式を取りやめた時点で、かなりの支出が抑えられたはずだ。理由にならぬ」

「ですがっ、旧敵国から輿入れする妃にそのような予算を割いては国民感情が――」

「口を慎め」

「も、申し訳ございません」


 どうせ私は帝国語を理解していないから何を言っても許されると判断したのだろうけど。この程度の会話なら、100パーセント理解できる。

 けれど、分からない振りをして穏やかな微笑を貼り付けた。


「小規模とはいえ、今夜の披露宴は正装が基本だ。エレナはすでに皇太子妃の身。ティアラなしで参加させるなど、帝国皇族の品位に関わる!」

「い、今すぐ対応策を考えます」


 陛下は、私が王国へ「帝国側からぞんざいな扱いを受けている」とでも報告すると思っていらっしゃるのかしら? わざわざそんな面倒なこと、しないのに。


「……セレスティーヌのティアラがあっただろう?」

「ですが、それは亡き王妃様のもの――っ、まさか、それをエレナ妃にお譲りなさる気ですか!?」

「義娘に譲るのならよかろう? 何か問題があるか?」


 王妃セレスティーナ様は、何年か前に儚くなったと聞いている。

 陛下にとっても、アルフォンス殿下にとっても、大切な女性だったであろう御方のティアラを私が譲り受けるなんて――


「――お待ちください」

 私がそう発言すると、会場が水を打ったように静まり返った。そりゃそうだ。帝国語を理解していないと思っていたお飾りの妃が、いきなり陛下と財務大臣の会話に割って入っていったのだから。


「恐れ入りながら陛下。ティアラは、成人皇族のみが着用を許されるアイテムだと伺っております。この理解は合っておりますでしょうか?」

「そうだ」

「でしたら、不要でございます。私は、婚姻により成人擬制されましたが、実際には未成年の身。今夜の披露宴でティアラがなくとも、理由は立ちますでしょう?」

「……エレナ。そなた、帝国語を話すのか?」


 陛下のその言葉には、微笑みで返した。


 そう。普段使いの敬語は苦手だが、皇族や高位貴族相手の型どおりの敬語だけは、セヴラン先生の指導のもと、3か月間みっちり勉強したのだ。それにお祖母様も、普段は敬語なんて使う人じゃなかったけれど、やんごとなき立場の人が来た時だけは、綺麗にお化粧をして、それは美しい帝国語で会話をしていた。

 そんな祖母を羨望の眼差しで見ていたせいか、こういうスノッブな言い回しだけは、その雰囲気も含めて完全に再現できる自信がある。


「やるじゃないか」

 隣にいたアルフォンス殿下が、堪えきれないように「ふっ」と口角を上げて笑った……ように見えた。


 結婚を祝う披露宴とは名ばかりの食事会は、宮殿内の晩餐室で行われることになった。愛する女性との間に皇子までいる殿下に嫁いできた私に対する敵対心なのか、それとも6年前まで剣を交えていた元敵国からやってきた花嫁に対する警戒心からなのか、そこに私たちの婚姻を祝うような雰囲気は皆無だった。

――まるで敵地に単独で乗り込んだ気分だわ。私一応、4分の1だけど帝国人の血が流れてるんだけどなぁ。


 それもこれも……この悪女メイクのせいだわ!


 帝国人は王国人に比べると体格がよく、骨格もしっかりしているし身長も高い。かくいう私は、骨格は父親に似たのか、身長173センチと王国人にしては背が高く、田舎育ちのせいか適度な筋肉がついた均整の取れた身体をしている。

 

 一方で、顔立ちは母親似だと言われることが多い。プラチナブロンドの長髪に翡翠ひすい色の瞳。すッと筋が通った鼻に、ふっくらとした唇。私のような外見は、気位の高そうな、傲慢な印象を人に与えるらしい。


 ただでさえ顔のベースがこんな感じなのに、加えてこの悪女メイク!しかも、馬車による移動を余儀なくされたものだから、アイライナーが滲んでそれはもう、本物の魔女並に迫力がある。


 飄々とした殿下の隣に立ち挨拶を交わすと、誰もが私を見て顔を引きつらせた。失礼極まりないが、二度見する人もいたくらいだ。まあ、おかげで年若いからと舐められることも、面倒くさそうな夫人から下手に絡まれることもなかったのだけれど。


 そういうわけで、無理に微笑みを貼り付けて会話をする気など早々に失せ、無心になってひたすら出された料理を口に運んだ。ちなみに、今日半日ですでに素の自分を晒してしまったアルフォンス殿下に対しては、早々に取り繕うことを諦めた。


「……よく食べるな」

「美味しいから」

「ふっ。そうか」

「ふぁい」


 そんなふうにして豪華な食事を堪能していると、テーブルの向こう側に座っていた外務大臣が、でっぷりとしたお腹を揺らしながら話しかけてきた。

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