第5話 悪女
帝都へは、アルフォンス殿下とは別々の馬車に乗って移動することになった。
出発前。窓に映る自分の顔を眺めて、深いため息をついた。
「私のこの顔。まるで悪女じゃない?」
たしかにお淑やかな令嬢とは程遠いけど、それでも、悪意を持って誰かを傷つけたことはない……少なくとも自分ではそう思っている。それにこれからだって、殿下の公妾だか愛妾だか愛人だか知らないが、皇子の母である女性を害するつもりなんて微塵もない。
なのに……。
帝国側に着いた途端に馬車を降ろされて、小さな教会に付属する控室で花嫁衣裳と化粧を施された私は、鏡に映る自分の姿を見て愕然とした。
「……このお化粧、濃いすぎない?」
「これが帝国流でございます」
これがっ!?と叫ばなかった私を褒めてほしい。そのくらい、悪女感まる出しだったのだ。濃い青色のアイシャドウにブルーのアイライナー。がっつり眉毛に真っ赤な口紅って! 絶対に、16歳のうら若き花嫁にするメイクじゃないでしょう!?素顔の私は、こんな太眉ではないし、目尻だって吊り上がってない。逆に口元は、わざと口角が下がって見えるように縁取りされている。
「口紅とアイシャドウの色がキツすぎないかしら? それに、眉毛はもう少し優しい印象にしたいわ」
「王国人は帝国人に比べてお顔立ちがのっぺりしていますので、このくらいしないと、衣装負けしてしまいます!」
「でも、このドレスにはブラウン系のアイシャドウにピンク系の口紅が似合うと思うのだけど。それに、この囲い目アイラインも――」
「帝国流のメイクが随分、お気に召さないようですわね?」
「そういうわけじゃ……せめて前髪だけは、少し下ろさせてちょうだい」
挙式の前から女官たちとメイクのことで揉めたくなくて、結局されるがままに身を任せた。花嫁衣裳もメイクも、ランスロットとの挙式準備の中ですでに打ち合わせを済ませていた。だから余計に、その時のイメージに引っ張られて違和感を持ってしまったのかもしれない。
「でも――人生初の結婚式くらい、自分の気に入ったドレスを着て、好きなメイクをしたかったなぁ」
今日から自分の住まいとなる帝都の宮殿までは、馬車でおよそ半日の距離だと聞いていた。私付の女官たちは、「お疲れでしょうから、一人でごゆっくりお過ごしください」と言い残し、殿下のいる馬車へと乗り込んでいった。
「彼女たちって、私付の女官よね? ま、いっか。今夜の披露宴に向けて、馬車の中でひと眠りしておこう」
そう思っていたのに。
そんな余裕はあっという間に吹き飛ばされた。
ガタガタッ。ゴッゴッ。
3分に1回の頻度でお尻が座面から浮かび上がる。
「こ、この馬車っ、揺れすぎじゃない!?お尻も腰も痛いし……うっ、気持ち悪い」
途中の町で休憩することになり顔面蒼白で馬車を降りると、顔色ひとつ、なんなら前髪の1本ひとつ変わらぬ姿の殿下が立っていた。
「……ずいぶん顔色が悪いな。真っ赤な唇が赤紫色になってるぞ?」
「帝国の馬車は、ずいぶん、迫力があるんですね?」
「――何が言いたい?」
言いたいことならたくさんあったけれど、とにかく今は、気持ちが悪くてそれどころではない。殿下の脇をスルっと通り抜けて休憩所の奥へと消えた私の背中へ、女官たちが辛辣な言葉を投げつける。
「殿下。恐れながら妃様は帝国の全てがお気に召さないようです。馬車を降りたそばからやれ身体が痛い、やれ気持ちが悪い、と不満ばかりおっしゃられて。私共も辟易しております」
「……馬車もできるだけ乗り心地が良いものを選び、舗装してある道を選んだのだが――」
「我儘で高慢ゆえに婚約破棄された公爵令嬢。どうやら噂は本当のようですわね」
「それにあのメイク。あれじゃまるで、娼婦だわ」
「王国では王太子妃教育も殆ど受けていなかったと聞きましたわ。再教育が必要なのではなくて?」
「それにあの物言い。殿下に対して失礼です」
そんな陰口をたたかれているなど露知らず、休憩所の壁にもたれて呼吸を整えていたら、殿下に声をかけられた。
「――座らないのか?」
「座れないの!」
「は?」
「腰が痛くて」
「……我儘を言うな。馬車に乗り慣れていないのか?」
「王国では毎日乗ってたけど?」
「ふっ。そんなに帝国の馬車は質が悪いか? 私との婚姻が気に入らないのは分かるが、女官たちに当たり散らすのは止めろ」
「当たり散らしてなど――」
むしろ、存在を認識されていないかのように、無視されている。
「彼女たちから苦情が来ている。……ここから宮殿までは、私と同じ馬車に乗ってくれ。話がある」
「でしたら、馬を一頭貸してください」
「は?」
「騎乗して行った方が早いし身体も楽――」
「花嫁衣裳で馬に乗る女がどこにいる!?」
「ここにいる。……なーんて。あはははは」
「……」
そういうわけで、ここから宮殿への道のりは殿下の馬車に乗せてもらうことになったのだが――正直、驚いた。外装こそ私が乗っていたものと同じだが、中の快適性は比較のしようがない。
「すごい……。帝国の馬車って、高性能なんですね。揺れも振動も、殆どない。それに、御者の技術がすごい! 道路の状態を見極めながら的確に手綱を握ってる……素晴らしいわ!」
「――おい。体調はもう大丈夫なのか?」
「おかげ様で、すっかり」
「そうか。宮殿に着いたら、披露宴までの間、湯あみをして休む時間くらいは取れるだろう」
「本当ですか? よかったぁ。このメイク、落としたくて。それはそうと、『話がある』って言ってませんでした?」
「……何でもない (説教しようかと思ったが、必要なかったようだ)」
そんな会話をしていたものだから、てっきり日暮れ前には宮殿に着けるものだと思っていた。
「――何? また休憩か?」
「はい。女官どもが皆、一様に体調を崩しまして」
先ほど私の陰口を叩いていた女官たちは、私と入れ替わるように、先ほど私に宛がわれた馬車に乗っている。青白い顔をして地面にうずくまる彼女たちを見て、そこではじめて「あれは嫌がらせだったのか!」と気が付いた。
ふふふ。自業自得だわ。いい気味~と笑っていたけれど、途中ではたと気が付いた。
「これってもしや……宮殿に着く時間が遅れるってこと?そうしたら、休憩する時間がなくなるんじゃ。……だとしたら、この悪女メイクのまま披露宴に!? いやぁ――!!」
「どうした? また気分が悪くなったのか?」
「いえ……」
かくして予想は大当たり。大幅に遅れて宮殿に到着した私たちは、そのまま皇帝陛下へ謁見する広間へと連れて行かれることになった。
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