第2話 最愛の祖母の死。そして、帝国皇太子との婚約
あれから2か月が経った。
婚約の解消――本来は婚約破棄が妥当だが、ランスロットとの腐れ縁を考慮して婚約解消という穏便な方法で落ち着くことにした――に関連するあれこれに忙殺されていた私に、さらなる悲劇が襲った。
みんなが「アン夫人」と呼び慕っていた最愛の祖母が、突然亡くなったのだ。
婚約解消に関わる様々な手続きを済ますために王宮へ行っている間の出来事だった。
「私が、『寿命が縮まる』だなんて、変なこと言っちゃったからだ……」
暗闇の中に一人置いていかれたような気分だった。
ランスロットはヴィクトリア様との挙式を1か月後に控えているというのに、公爵領までとんできて、葬儀が終わるまでずっと私の側にいてくれた。
口には出さなかったけれど、婚約の解消で心労をかけたせいだと、心から悔やんでいるようだった。
「それとは関係ない。天命だったのよ」
そう声をかけてあげられるほど、私は大人じゃなかったし、幼馴染でもある大事な友人を思いやれるほどの、心の余裕も持ち合わせていなかった。
私は、アングレア王国の筆頭公爵、第7代サーフォーク公リチャード・ラッスルの一人娘であり、王国最古参の公爵位の唯一の承継者でもある。
サーフォーク公爵だった父親は、私が8歳の頃、帝国との戦いで命を落とした。
まだ若く美しかった母親は、父の意志を継ぐだけの豪胆さも情熱も持ち合わせてはいなかった。
未亡人となっても妻にと望む声が後を絶たず、喪が明けるのと同時に、王国の侯爵家へと嫁いでいった。
独り残された私のもとへやってきてくれたのは、父方の祖母だった。
私が成人するまでの間、祖母が領地運営の代行をしてくれることになり、それからは祖母と2人、田舎の領地で暮らし始めた。
もともとはネウステリア帝国の公爵令嬢だった祖母は、家庭生活の中でさりげなく、私に公爵家を継ぐために必要な教育――そこには帝国語の習得も含まれていた――を施してくれた。
実母は再婚した夫との間に2男1女を授かったらしいが、私と異父弟妹との間に交流はなく、再婚してから母が私に会いに来ることは、一度もなかった。
そんな私にとって、祖母は唯一の家族だった。
けれど、祖母のことだけを考えて神に祈る時間すら、天は与えてくれなかった。
埋葬が終わり茫然自失としている私のところへ王宮の役人がやってきて、わたしが成人するまでの間、爵位を預かることになったと一方的に告げてきたのだ。
それと同時に言い渡されたのが、帝国の皇太子――アルフォンス殿下――との婚姻だった。
断ることなどできなかった。
王国と帝国とは、ほんの6年前まで敵対関係にあり、現在は休戦状態となっているものの、関係が安定しているとは言い難い。和平のための典型的な政略結婚といえるが、王族に次ぐ身分にも関わらず新たな婚約者もおらず、後ろ盾となる保護者がいない私は、政略の駒として利用するのに都合が良かったのだろう。4分の1だけだけれど、帝国人の血が流れていることも、それを後押ししたのかもしれない。
ランスロットは自分のやらかしたことなど棚に上げて烈火のごとく怒り、父親である陛下に対して強く抗議してくれた。
けれど、唯一の身内と呼べる祖母を亡くした私にとって、心機一転、新しい生活をすることも悪くないように思えた。たぶん、あまりにも大きな喪失感を胸に、自暴自棄になっていたのだと思う。
唯一心残りがあるとすれば、それは、昨年から通い始めた貴族学園を中退せざるを得ないということだった。
相変わらず私のために抗議し続けているランスロットを見ていたら、だんだん冷静になっていく自分に気がついた。
『人生は、自分で決断することが大事なの。たとえそれが、どんなに困難な選択であってもね』
祖母が生前よく口にしていた言葉を思い出し、ランスロットに自分の想いを伝えた。
「もういいの。自分で嫁ぐと決めたから。公爵家に生まれ恩恵を享受してきた以上、こういうことも覚悟していたの。ランスロットには、ヴィクトリア様と王国の民を幸せにすることだけを考えてほしい」
私の決意を聞いたランスロットは、ガクリと肩を落とすと、
「……わかった。ヘレナ……力になれなくて、ごめんな」
そうつぶやいた。
泣き虫の
帝国側へ承諾の返事をしてから程なくすると、アルフォンス殿下の遣いが公爵領までやってきた。
「アルフォンス皇太子との婚姻に先立ち、婚姻契約の説明に参りました」
「契約?」
「はい。此度の婚姻は、あくまで両国の講和条約を前提としたものですので」
「……そういうことですか。お願いします」
「話が早くて助かります。まず、この婚姻は両国の和平を確実なものにするための政略です」
「はい」
「そのため、皇太子殿下からの寵愛は期待しないでください」
「はい」
「それから、帝位継承権について。現在の継承権第一位はアルフォンス皇太子殿下。第二位は、アルフォンス殿下の嫡子であられるシャルル殿下となっております」
「皇子様がいらっしゃるのですか!?」
「はい。シャルル殿下は今年で7歳になります」
「では、私は側妃という立場での輿入れとなるのでしょうか?」
「いえ。貴女様には皇太子妃という立場で輿入れしていただきます」
「でしたら、シャルル殿下のお母様は、どちらへ? もしかして、お亡くなりに?」
「宮殿と同じ敷地内にある離宮にいらっしゃいます。詳しくは、殿下からお聞きください」
「そう……」
「ですので、貴女様とアルフォンス殿下との間に嫡男がお生まれになったとしても、継承順位はシャルル様に次ぐ第三位ということになります」
「……分かりました」
「理解が早くて助かります」
「殿下には他に愛する方がいて、皇子様もいらっしゃる。私は両国の和平のためお飾りの皇太子妃として輿入れする。そういうことですね?」
「貴女様のことは、大切にお迎えするよう殿下から言われております」
「大切な人質ですものね」
「っ、随分、直接的な物言いをされるお方でいらっしゃるようだ」
「そちらの対応に合わせただけです。順応性には自信がありますの」
「ふっ、なるほど。……他に質問はございますか?」
「この領地の管理を、信頼できる方に任せたいのです。王国側の役人と協力して治めることのできる適任者を推薦頂きたいのですが」
「そのことでしたら心配いりません。すでに殿下の指示で帝国側の事務官を任命しております」
「……随分、手回しが良いのですね」
「この領地は、両国の国境に当たる要所ですから」
「なるほど。帝国の利益……利害にも大きく関わるというわけですか」
「はい」
「領民の生活を守ってくれるのであれば、そちらの指名した事務官を領主代行と認めましょう」
「民の生活は保障するとお約束いたします」
「でしたら、任官手続きはお任せしますわ」
「他に質問はございますか?」
「……アルフォンス殿下は、どのようなお方ですか?」
「少なくとも、貴女様を蔑ろにするお方でないことは断言いたします」
「そうですか」
「婚姻式は3か月後の9月。帝国への移動や婚礼衣装等は全てこちらでご用意します」
「分かりました。……皇太子妃教育などはどのようにすれば?」
「帝国にいらしてから、徐々にと考えております」
「分かりました」
「それでは」
――あまりにも手際が良すぎる。
ランスロットから婚約解消を求められた日、ヴィクトリア様に会った時にも感じた違和感の正体が垣間見えた気がした。
それから私は、おそらく最後になるであろう、ランスロットとの面会を求めた。
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