清涼感のない炭酸

すいれん

容器の中の空気

 「空気」というモノは僕の中では、読むモノではなく耐えるモノだった。


 教室の片隅で身ぐるみを剥がされ、青い痣で身体が蝕まれた小柄な男子高校生が一人、ただどこを見つめるでもなく呆然としていた。鞄はあさられ、教科書もビリビリに破かれ、財布の中身も抜き取られていた。昨日までは普通の生活ではなかったけれど、イジメの標的にならないようそれなりに空気に耐え上手くやってきたはずだった。それなのに今日になって全てが一瞬で崩れ去った。理由は単純で、ただあいつらがパチンコのノリうちで負けて金が手元になくなったからだった。そんな些細なことで僕は腹を殴られ、歯を折られた。今までもお金を要求されたことがあったが、どうにか被害を最小にできるように耐えながら生きてきた。

 しかし、もう、空気に耐えるということができなくなってしまった。


 日が暮れ、空が赤から黒へと変わっていく頃、校舎の裏で見た目の悪い男たちが、負け金をチャラにするために色んな人から徴収した金を数えていた。五人なので最低でも20万は徴収しておきたいが、最初にリンチにした奴から奪った3万以外たいした収益は出ていなかった。望んだ額に届かなかった男たちはイライラを抑えるため、胸ポケットにしまっていた煙草をとりだし火をつけた。そして皆が1本吸い終わり、2本目に火をつけようとした時である。遠目に足を引きずりながら歩いてくる服も全身もボロボロな小柄な青年が歩いてくるのが見えた。その青年は成績が良く、先生たちからの評価も高かった。なので男たちはその青年を快く思っていなかった。そのため男たちは一度その青年を締めようと話し合っており、それで今日、憂さ晴らしに皆でリンチにした。ついでに3万を手に入れたのは儲けもんだった。そんな青年が家に帰ろうと必死に歩いている姿は、腹の据えかねている男たちには、恰好の玩具として見えていた。


 僕はこの前、化学の授業で習った、ドライアイスという空気の塊は、個体の状態から気体になると容積が750倍なると習ったのを思い出していた。だからドライアイスは絶対に密閉した物にいれてはいけないと。ただ僕以外の生徒はほとんど寝ていたので、注意になっていなかったが。しかしその言葉は僕に一つの希望を持たせてくれた。職員室で理科室の鍵を難なくもらい、ドライアイスと水を、炭酸水の入っていたペットボトルにいれ蓋を強く閉めた。これで、風船のように大きな音がなる、こけおどしの道具を作りあいつらへの仕返しをしようと策略し、恐怖させようと妄想していた。だから僕はそのペットボトルの風船を隠し持って、あいつらがいつもたむろっている場所へと赴いた。


 やはりそこには、五人で煙草の紫煙を吐き出しているあいつらがいた。目が合うとまるで獲物を見つけたように不気味な笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてきた。僕としては全身の節々が痛く、あちらからやってきてくれるのは好都合である。そして、僕は隠し持っていたそのペットボトルをそいつらへと投げつけた。そしてペットボトルは空中でパンッと割れ、あいつらは目を見開き腰を抜かすと思っていた。何が起きたのかもわからず狼狽えているあいつらを馬鹿にしてやろうと妄想していた。しかし、そうはならなかった。僕はその時まで、ドライアイスは気体になると容積が750倍だということが数字が大きすぎて想像できていなかった。

 パンパンに膨らんだペットボトルはきれいな放物線を描いてちょうどあいつらの顔付近で容器の中の空気に耐えられず爆散した。僕は、その妄想以上の爆発音と威力に目を閉じてしまった。

 次に目を開くとそこに広がっていたのは、


 えぐれた顔と、飛び散った肉塊。空より赤黒い地面だった。

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清涼感のない炭酸 すいれん @samamotosuiren

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