第14話

 教室内が騒がしく、何かを言い合っていた。俺は煩くて寝るに寝られず苛立っていた。昼休みに入ったんだから、少しは寝かせて欲しい。


「お前の班には橘がいるだろ!!! 佐伯さんは渡せ!」

「断る!!! 先に誘ったのは俺の方だ!!」

「うるせー!! 顔だけは良いんだから、他の女子と行け!!!」

「だからこそ、学年人気トップの二人を誘ってるんだ!!!!」


 うるせー、殴っていいか。いや、殴るか。


 いつになっても良く眠れず、苛立ちが限界に達していたので、理性が聞かず、取り敢えず目に付く騒いでいる奴らにゲンコツを食らわせる。


「何すんだっ!って、ひい!」

「うるせー。静かにしろ」

「あ、はい……」


 身体を縮ませて怯える篠原。俺は直ぐに席に戻って、また寝に入る。


「なあなあ、シュウ〜」

「ああ? うるせえ」

「何でそんなに怒ってんだよ……。まあいいや。お前は佐伯と行きたいよな! 修学旅行!」

「あ? 誰が行きたいんだよ、あの鬼と」

「えっ、鬼?」

「いっつも眉間に皺寄せてて、人がふざけた事やるだけで怒ってくる奴だぞ。俺はそんな奴と旅行とかゴメンだね」



「………」


 待て、さっき言った言葉と全然違くないか? いや、だとしても同じ様な事は言っているな。と言うか、それよりも酷い気がする。


「すみませんでした。許して下さい」

「あら、潔良いわね。でも、一発殴らないと気が済まないから」

「あの、殴らないって言う選択肢は……」

「無い!!!」


 佐伯が近くまでやってきて、力いっぱい握られた拳を大きく振りかぶって、頬に直撃する。俺は勢いで壁に激突して頭も強打する。


「いてえ……」

「あはは。大丈夫? はいこれ」

「ありがと」


 橘から兎柄のハンカチに包まれた保冷剤を受け取って殴られた頬に当てる。


 少し沁みるが、殴られて腫れた頬には丁度いい冷たさだ。


 やっぱり、鬼じゃねえか。橘を見習え。保健室まで行って、保冷剤を取ってきてくれたんだぞ。佐伯とは雲嶺の差だ。


「何?」

「いや、何もありません……」


 ギロッと眉を歪めて見てくる佐伯。その佐伯の気迫に言い返す事ができなかった。


 これはもう、平穏な修学旅行は無くなったなと、心の中で確信した。


「なあ、本当にこのメンバーなのか? 小林とか歩川とか」

「あいつらは彼女居るだろ。誰がイチャイチャするカップル見て旅行したいんだよ」


 ぺっと唾を吐いて、心底嫌そうな顔をする。本気で嫌がっているみたいだから、これ以上は何も言えない。


「じゃあ、もう一つ。バレてるなら隠さないが、何でお前が同じ班に居るんだ?」


 佐伯を見てそう言う。さっきのは佐伯を怒らせていた理由だけで、同じ班になる理由ではない。逆にあそこまで言われて、同じ班になりたがるもんなのかな。


「ん、そんなのただの嫌がらせよ。嫌がる貴方が見たいだけ」


 悪気もなく淡々とした口調で言う佐伯。


 やっぱこいつは、鬼、いや、悪魔だ。見た目はギャルぽいのに、中身は真面目で陰湿とか終わってんな。


「それに、他の男子と行くのは身の危険を感じるし。その辺は貴方達なら大丈夫そうだし」


 心底嫌そうな表情をして、こっちを見ている男子を睨みつけている。


 まあ、自分の取り合いしている男子達とは行きたくないわな。それだったら、嫌がる奴と行くって、どんだけ陰湿なんだ。


「俺、他の奴と行くわ……」

「え、 何で?」

「平穏な修学旅行を送れそうにない」

「あーそいうこと。悪いが、決まったら直ぐに出して来たから今さら変更は無理だと思うぞ」

「創、お前は後で校舎裏な」

「それこそ何でだよ!! 美少女ばっか集めてきてやったんだぞ!!!!」

「なら、これ以外にしろよ」

「あら、指を差さないでくれるかしら?」


 ボキッと指から変な音が鳴り、激痛が走る。


「ぎゃあああ!!!!」


 折れたろ!これ、絶対に折れてる!!あ、動くか、なら、折れてないか。じゃなくて!!!痛いっ!!!


「ふうーふうー。この野郎……」

「自業自得よ」

「だ、大丈夫?」

「いや、大丈夫ではない。龍海はよくこんなのと付き合ってられるな」

「貴方だけ特別よ。他の人にはそんな事はしないわ」

「要らねえよ。そんな特別」


 いつか絶対に痛い目に合わせてやる。佐伯を睨むが、ギロッと睨まれて直ぐに目を逸らす。


 今は無理でも、いつか必ず痛い目に合わせてやる。また睨まれて、俺は目を逸らしてしまう。


 これは、暫くは仕返しは無理そうだ。


「シュウちゃん〜!遊びに、って。どうしたの!?」


 ユイが来て、俺の姿を見てビックリしていた。そして、こうなった訳を話す。


「んー、シュウちゃんが悪い」

「ほら、見なさい。彼女さんもそう言ってるじゃない」

「えっ、彼女さん? えへへ〜!」


 膝の上で嬉しそうにするユイ。こいつ、ちゃっかり膝の上に乗ってきてる。もう、いいか。ツッコミを入れるのも面倒くさい。


「彼女じゃねーよ。俺が悪いとしても暴力はよくないだろ」

「あら、勝てないからって他の理由を盾にするの? 男らしくないわね」

「くっ……」


 ぐうの音も出なく、押し黙る。佐伯は勝ち誇った顔をしている。


「それで聞きたいんですが、龍海って言う先輩は何方ですか?」


 ビクッと分かりやすく身体を反応させる龍海。ユイは見逃さず、じっと龍海を見ている。


 冷や汗ぽいのが滝の様に流してて、ペットボトルを持っていた手を震わせている。


 それだと、言い逃れもできないぞ、龍海。


「ユキがどうかしたの?」

「いえ。気になっただけです」


 龍海以外は皆、疑問そうに首を傾げている。


「龍海先輩! 良かったら、私とも仲良くしてくれませんか?」

「!?」


 こくんこくん、と首が取れるんじゃないかってぐらい首を縦に振っている。ユイはやったー!と喜んでいる。


 俺はいい加減にしろ、と意味も込めて軽く頭をチョップする。


「いたっ」

「余り龍海を困らせるな。まあ、弄るのが楽しいのは分かる」

「!?」

「そうね。ユキは表情豊かだから、弄るのは楽しいわ」

「ヒメちゃんまで!?ううぅ……」


 恥ずかしいか、怒っているのかは分からないが、顔を赤くしている。ほんっと、弄りがいのある。



 創がトレイに行くと言うので、俺も一緒に行く事にした。ユイも私も!と阿呆な事を言うので、橘にバトンタッチをして教室を出ていく。叫び声が聞こえた気もするが、気の所為だろう。

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一年間で幼なじみに落とされる話(仮) 南河原 候 @sgrkou

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