あなたを葬らねばならない

赤夜燈

愛していた。いびつでも、愛していた。


「僕は、にいさまを葬らねばなりませんでした」


「にいさまを愛していたからです。僕の家の地下、座敷牢にずうっとずうっと昔から棲んでいた、僕たちのかみさまを。葬らなければなりませんでした」


「いいえ、いいえ。今も愛しています」


「にいさまは美しい方でした。にんげんなどという下等ないきものとは全く違う美しい方でした」


「さらさらの白い髪、着物に透ける白くて無駄のない身体、赤い瞳、どれもこれもが美しい方でした」


「にいさまと交わるのは、この村のいちばんの家の当主のしきたりでした」


「僕はこの家の、長男なので。にいさまと父さんの間に生まれて、にいさまと交わりました」


「『おまえたちはいいこだね』と、にいさまは僕に言ってくれました。頭を撫でてくれました。本を読んでくれました。お話を聞かせてくれました。僕たちは、にいさまから生まれて、にいさまに還るのです」


「この村のいちばんの家の男は、にいさま以外を知りません。知る必要がないのです。女の胎なぞ、ああ、穢らわしいにもほどがある。無駄な肉が多すぎます。ぶよぶよと肥えて太って、気持ち悪いたらありゃあしない」


「にいさまは、完璧でした。だから、完璧なにいさまの糧となるのは、とても名誉なことです」


「この村の男は、みいんなにいさまに食べられるのです。特にこの家の男は特別のご馳走で、十八になったら必ず美味しい滋養としてにいさまに食べられます」


「女は要りません。不味いとにいさまは言っていました。だから生まれた端から食べてしまうのです。それでも村の男はにいさまに惹かれて途切れることがありません。それはそうです。にいさまは美しいのですから。他になにも要らないのです」


「十八になりました。にいさまとの間に、男の子もたくさんこさえました。にいさまは僕を食べて、僕の子供と交わって、ずっと命を繋いでいくはずでした」


「僕にはそれが、どうしても赦せませんでした」


「だってそうでしょう。僕にはにいさましかいないのに」


「僕だけがにいさまのいいこでありたかったのに」


――だから、村を焼いたんですか?


「はい。にいさまに食べられる村の男も、僕の子供も、僕以外の男と交わるにいさまも、要りませんでした。だから燃やしました。殺しました。にいさまを犯しました。犯しながら、殺しました。にいさまは笑っていました。『おまえはいいこだね』と、僕だけを見てくれました。だから、あとはどうなっても僕はいいのです。にいさまだけが僕のすべて。にいさま。にいさま。にいさまにいさま。にいさまにいさまにいさまにいさまにいさま」


――聴取を中断します。



私は、そう言って席を立った。


××県で山火事があり、そこに地図にない村が存在した。


死者は数十人。その全てが、若い男か男の子供だった。奇妙なことに、女は一人もいなかった。赤子に至るまで、である。


私は、現場の写真を見る。


「にいさま」のいたという座敷牢。


そこには、巨大な白蛇の抜け殻があった。


もし、「にいさま」が死んでおらず、生きているのであれば。


「……とても、報われない。なにもかもが」


私は呟いて、署の廊下を歩いていった。


「にいさま」と繰り返す、あどけない少年を独り残して。


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