第15話

 015



 とある辺境の町に、白い男が住んでいる。



 深い絶望の末、髪や肌が痩せ細り真っ白に怯えきってしまったのだ。右足と、三肢の指も数本を切断されている。喉の奥まで毒に侵され、目も虚ろなまま。本当に、生きているのが不思議なくらいの状態だった。



 シェットランド法国の極右集団、羽の騎士団。



 彼らが、王に背を向けた男を拉致して穴蔵へ監禁し、国を裏切る者への罰としてあまりにも理不尽な拷問を施したのだ。



 彼らは嘗て、他国の捕虜へ人道ならざる仕打ちを向けたことで軍を除隊された元軍人たち。例え王に捨てられても、国への忠義だけは捨てられなかった歪んだ者の集まりだ。



 男が解放されたのは、羽の騎士団が壊滅したからだった。



 ラプラスの魔女と呼ばれる謎の魔法使いが、ある日そこを訪れてすべてを破壊し尽くしたのだ。国へ忠誠を誓った者たちの最後は、なんとも無惨な結末であった。



 問題は、そのラプラスの魔女の正体がシェットランド法国の姫であった事だ。



 姫が私刑を行うことに矛盾はないが、それにしても過ぎた報復だった。おまけに、羽の騎士団が苦しめていたのは国を裏切った背反者たち。国民は、裏切り者を救った姫に対して不信感を募らせた。



 その結果、姫は王家から追放された。世界の平和を守るための、仕方のない罰だった。



「先生、気分はいかがですか?」



 ウッドチェアに揺られる白い男の隣に座った美しい女は、嘗てラプラスの魔女と呼ばれた姫。シェットランド法国の王の娘、メアリ・ド・パティオラムだ。



「あぁ、だいぶいいよ」



 メアリは、男の手を握って同じ場所を見た。嘗て焦がれた、同じ景色を見るという夢が叶っている今に、彼女は心から幸せを感じていた。



 二人は、この小さな家に二人で住んでいる。紆余曲折の末、文字通りすべてを捨ててようやく手に入れた慎ましくも温かい生活に、男も満足しているようだった。



「今日も、救いに行くんだろう?」

「はい。先生の言う通り、私の魔法を使うべき悪を断罪します。それを求めている人が、まだまだ大勢いますから」



 彼女は、男との約束を違ってなどいなかった。王としてではなく、弱き民を救うために力を振るう彼女の姿はまさしく正義の味方である。



 大いなる力の代償を、彼女は決して忘れていない。彼には思いつかなかった力の使い方の、答えを出した彼女を彼は心から尊敬しているのだ。



「……先生」

「ん?」

「私、本当は後悔しているんです。きっと、先生はこんな体になってしまうって分かっていたのに。私は何も知らなくて」

「いいよ」



 再び、男はメアリの頭を撫でる。



「私の傷より、君の心の方が辛いだろう」

「……っ」

「だから、私は君の心を。君は私の体を助ける。そうやって呪いの死が訪れる日まで、二人で生きると教会で誓ったじゃないか」



 メアリは、泣いてしまった。絶対に迷わないと決めたのに、こうして無知を許されるとどうしても安心してしまう。



 やはり、男はいつまでも先生である。強くなけらばならない生き方を選んだ、自分が唯一甘えられる存在。



「それでは、行ってきます」

「あぁ、いってらっしゃい」



 呪いによって、決定付けられた死を待つ男はメアリの手にキスを落とした。



 それは、決してメアリの意志ではなく、男が自ら愛を示す為のモノだった。

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【中編】マロニエを捧ぐ 夏目くちびる @kuchiviru

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