Time after Time
ミド
ドラゴンのうろこ《スカンディナヴィアの民話「竜王」より》
昔々、入り江の村にカッレという若者が住んでいた。カッレは豊かではなかったが機転の効く男で、村の若い衆の中でも大層な人気者であったらしい。彼らの村は決して肥沃な土地ではなく、畑にはせいぜい僅かな蕪と天の情け程度の林檎が実るのみだが、山と海からの恵みは豊かであった。
そのような村の向かいの海岸には小さな城があった。この国の王は住居を山の向こうの大きな城から動かすことはなかったし、こちらの城は海からの敵を監視するために造られたものであったから、定住する主は長いこといなかった。
カッレが20の歳になった頃、巨大なドラゴンが城に住み始めた。ドラゴンは城に入ったその日に、連れていた人間を通じて村に供物として牛5頭を要求した。無論、逆らえば村人を食い殺すというのだ。小さな村にとって牛は貴重品だが、村人の命には代えられない。そこで村人たちはどの家から牛を差し出すかを話し合った。村の誰もが理由を付けて断る中、真っ先に名乗り出たのはカッレであった。
供物を差し出す期日の3日前に、カッレはドラゴンの住む城に忍び込んだ。カッレは埃だらけの廊下を歩き回ったので、ドラゴンが連れていた人間を探しあてた時には靴と靴下はすっかり白くなっていたのであった。
「お前さんは何故ドラゴンの手下をやっているんだい」
「わたしは商人であってドラゴンの手下じゃあないんだがね、あいつの依頼を引き受けると、うろこを取らせてくれるんだ。それをアクセサリーにすると、素晴らしい高値で売れるから、暫くは使い走りをやっているんだよ」
商人はそう言って、コインのたっぷりと詰まった袋を眺めた。
「しかし、お前さんは人間とも商売をするんだろう」
「もちろん、おたくも売り買いするものがあったらわたしの所に来ておくれ」
商人はそう言って、天を仰いでホホホと笑った。
「それじゃ、おれがあのドラゴンのうろこを用意してやるから、代わりに5頭の牛でやっと引けるようながっしりとしたすきを用意してくれ」
「まいど、まいど。仕入れが済むまで、1日待っておくれ」
翌日の夕方、商人は約束通り5牛力のすきを仕入れてきた。
約束の日の朝早くにカッレは5頭の牛を連れてドラゴンの城に向かった。
「ご覧の通り牛を持ってまいりました。ただし、この牛たちを貴方様に差し出すと、わたしの畑を耕してくれるものはなにもなくなります。わたしが飢えて死なぬよう、どうか1日だけでよいので牛の代わりに畑にすきを入れていただけないでしょうか。そうすればわたしは翌月までに新しい牛を飼うことができますので」
カッレがひざまずいてそう言うと、ドラゴンは首を傾げ、大きく体を揺らした。
「よいだろう」
そうしてドラゴンは日が沈むまですきを引いて畑を耕した。ドラゴンがのしのしと歩くたびにうろこがポロポロと落ちたので、カッレは後ろからうろこを拾って歩いた。耕し終わった頃には、1日動き回ったドラゴンの体は一回り小さくなっていた。
夜になり、カッレはすきの支払いに行った。うろこを見た商人の目はうろこと同じくらい輝いた。
「うろこを持って来たよ。これだけあれば、すきのおまけに子牛を4頭買ってもお釣りがくるだろう」
「もちろん、おたくも商売がうまいね。また売り買いするものがあったらわたしの所に来ておくれ」
商人はそう言って、天を仰いでホホホと笑った。
夏になり、ドラゴンは再び連れていた人間を通じて村に供物として牛5頭を要求した。村では集会が開かれ、この度もカッレは一番に名乗りを上げた。
供物を差し出す期日の5日前に、カッレは商人に会いに行った。
「ドラゴンのうろこを用意してやるから、代わりに山の神が引くような大弓と海の神が投げるような大網を用意してくれ」
「まいど、まいど。仕入れが済むまで、3日待っておくれ」
三日後の夕方、商人は約束通り大弓と大網を仕入れてきた。
約束の日の朝早くにカッレは4頭の牛を連れてドラゴンの城に向かった。
「ご覧の通り牛を持ってまいりました。ただし、牛が1頭病気にかかってしまいました。貴方様に悪い牛を差し出すことはできませんので、山の獣と海の魚の肉で代わりとしていただけないでしょうか。わたしについて来てくださるなら、獣と魚の取り方をお教えしましょう。そうすれば貴方様は村の牛が悪くなっても肉を食べることができますので」
カッレがひざまずいてそう言うと、ドラゴンは首を縦に振り、大きく体を揺らした。
「よいだろう」
そうしてカッレは弓と網の使い方をドラゴンに教えた。ドラゴンは山を歩き回って弓を引き、海に泳ぎ出て網を投げた。ドラゴンがのしのしと歩き、さぶざぶと泳ぐたびにうろこがポロポロと落ちた。獣狩りと魚捕りが終わる頃には、一日動き回ったドラゴンの体は二回り小さくなっていた。
さて、カッレはうろこを集めて山と海を回ったが、1枚足りない。探し回ると、うろこを持っていたのは山のカラスだった。カッレは持っていた網でカラスを捕まえ、何故うろこを持って行くのか聞いた。
「山の神様に捧げるんだよ。山の神様は山の洞穴の石を割って作る宝物を沢山持っているけど、ドラゴンから取れる宝物はまだ持っていないんだから」
「そうか、それじゃお前さんにもうろこをわけてやろう」
カッレが手を放してやると、山のカラスはカァカァと鳴いて山で一番高い木に飛んでいった。
さて、カッレは弓と網の支払いに行った。うろこを見た商人の目は夜空で一番明るい星のように輝いた。
「うろこを持って来たよ。これだけあれば、弓と網を買ってもお釣りがくるだろう」
「もちろん、もちろん。また売り買いするものがあったらわたしに話しておくれ」
「それじゃ、一度お前さんの売っているアクセサリーをおれにも売ってくれ」
商人はカッレにドラゴンのうろこでできたブローチと腕輪、そして首飾りを渡した。
「まいど、まいど。他に売り買いするものがあったらわたしに話しておくれ」
「今日はお前さんの分の獣と魚の肉も持って来たから、代わりにドラゴンの話をしてくれ」
「おやまあ、おたくは本当に商売がうまいね。いいさ、教えてやろう。あのドラゴンは、本当は山の向こうの城の王子様なんだ。お妃様には長いこと子どもが生まれなかったが、魔女から貰った不思議な薔薇の力で子どもを身ごもったらしい。だけども生まれてきたのはあのドラゴンだった。王様は化け物の姿で生まれてきた息子が嫌いで、どうにかして遠ざけようとあれこれやった末にこの城に追いやったんだよ。王様は王子様を上手くだまして、城の主に命じられたと思わせるためにわたしに手下のふりをさせているんだ」
商人はそう言って、天を仰いでホホホと笑った。
秋になったが、ドラゴンは村に供物を要求することはなかった。そして冬になり、ドラゴンは再び連れていた人間を通じて村に面白いものを見せよというお触れを出した。村では集会が開かれ、村人たちは丸半日話し合ったが、何をすればよいか皆目見当がつかない。昼も過ぎた頃にようやく名乗りを上げたのはまたしてもカッレであった。
期日の8日前に、カッレは商人から買ったブローチを持って山に登った。そうして山で一番高い木の根元にあるほこらにブローチを捧げた。すると、天高くから山の神の声が辺りに響いた。
「よい供物を持って来たな。望むものがあれば授けてやろう」
「山の向こうの城で生まれたドラゴンの呪いを解く術をお授けください」
カッレがひれ伏してそう言うと、再び天高くから山の神の声が響いた。
「山の精霊の宿るしらかばの枝でドラゴンの肌を叩くのだ。そうすれば肌は人間のように柔らかくなり、薔薇の魔法が半分解けるだろう。あとは峡湾の洞窟に住む海の神に聞くがよい。海の神が教えてくれなければ、その一人娘に聞くがよい。娘はきれいな首飾りが大好きだ。持って行ってやれば何でも話してくれるだろう」
翌日、カッレは商人から買った腕輪と首飾りを持って船を出した。そうして峡湾の洞窟にあるほこらに腕輪を捧げた。すると、海の底から海の神の声が辺りに響いた。
「まだ供物を持っておるだろう。わしの娘にも捧げるのだぞ」
そこでカッレはほこらに首飾りを捧げた。すると、再び海の神の声が響いた。
「よかろう。望むものがあれば授けてやろう」
「山の向こうの城で生まれたドラゴンの呪いを解く術をお授けください」
カッレはひれ伏してそう言った。
「海を流れる水には肌の外の毒を、人間が燃やす火には肌の中の毒を殺す力がある。ドラゴンのうろこを全てはぎ取り、この2つを浴びせれば、薔薇の魔法が半分解けるだろう」
それを聞いたカッレが陸に戻ろうとすると、波の間から海の神の娘の声が響いた。
「ドラゴンを人間に戻したいなら、山の木と海の水と里の火で薔薇の魔法を解いた後、生まれたての人間の子どもにするように、ミルクを体中にかけて清潔な亜麻布でくるんでおやり」
翌日、カッレは商人に会いに行った。
「ドラゴンのうろこを用意してやるから、代わりに人の倍以上ある大男が座っても壊れないそり、大人の男2人分の丈夫な服と、靴と、帽子、それからスキー板を用意してくれ」
「まいど、まいど。ずいぶんとたくさんお買い上げだね。仕入れが済むまで、5日待っておくれ」
5日後の夕方、商人は約束通り大そり、大人の男2人分の丈夫な服と、靴と、帽子、それからスキー板を仕入れてきた。
約束の日の朝早くにカッレは丈夫な服と、靴と、帽子を身につけて、大そりと2人分のスキー板を持ってドラゴンの城に向かった。
「ご覧の通り面白いものを持ってまいりました。これに乗ると雪山を翼が生えたように走ることができるのです。わたしについて来てくださるなら、乗り方をお教えしましょう」
カッレがひざまずいてそう言うと、ドラゴンは首を大きく振り、飛び跳ねた。
「よいだろう」
そうしてカッレはそりの乗り方をドラゴンに教えた。ドラゴンは雪山の中を転がったりしらかばの枝にぶつかったりしながら滑った。ドラゴンが転がったりぶつかったりするたびにうろこがポロポロと落ちた。
「ああ、楽しい。お前はきっとまだ面白いことを知っているだろう」
ドラゴンはそう言って笑った。そこでカッレはスキー板をドラゴンに差し出した。
「それじゃ、次はこの2枚の板に乗ってすべってごらんなさい」
「よいだろう」
そうしてドラゴンはまたしらかばの枝にぶつかったりしながら滑り、しまいには山の上からふもとまで一気に滑り下りた。一日動き回ったドラゴンの体は人間のように小さくなっていた。
「ああ、面白かった。動き回って、すっかり疲れてしまった」
うろこの無くなったドラゴンはそう言った。
「それでは、お風呂に入りましょう。わたしが疲れに効く湯を沸かして差し上げます」
カッレはそう言うと、塩水を沸かしてドラゴンを風呂に入れてやった。仕上げに牛乳風呂を沸かし直して、ドラゴンを隅々まできれいに洗ってやった。体が温まったドラゴンは大きなあくびをした。そこで、カッレはドラゴンを綺麗な亜麻布でくるんで寝かせてやった。
夜が明けて、目を覚ましたドラゴンは大きく伸びをした。その拍子に鱗が全て無くなり2度の風呂ですべすべした薄い皮は脱げ、中からは人間の王子の身体が現れた。
「昨日は素晴らしい1日であった。あんな日がずっと続けばよいのに」
王子がそう言うと、カッレは丈夫な服と、靴と、帽子、それからスキー板を王子に差し出した。
「それじゃ、もう一度スキー板をはいておれと旅に出よう。もっと面白いことも、あっと驚くことも、涙が出るほど悲しいことも、おれと行けば見つかるさ」
カッレはそう言うと、旅支度を整え、村の衆に別れを告げて回った。村人たちは口々に悲しみ、また村をドラゴンから救ってくれたカッレに礼を述べたということだ。
さて、出発の前にカッレは最後の支払いに行った。うろこと王子を見た商人の目は太陽のように輝いた。
「最後のうろこを持って来たよ。もうお前さんと売り買いできるものは何もないんだ」
「いいよ、いいよ。わたしはおたくから十分すぎるものを貰ったからね」
商人はそう言って、天を仰いでホホホと笑った。
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