第10話 地球人を愛した私。
それからというもの、私は、いつものように出版社で、編集部の一人として
忙しい日々を送っていた。先生の担当者というのは、今も続いている。
一つ変わったことは、前に住んでいたアパートから引っ越して、
先生の向かいの家に越してきたということだ。そこには、彼女と3人の家来も住んでいる。
先生を担当するなら、家が近くて便利だ。それに、彼女たちと暮らすことで
お互いに人間のことを知る勉強にもなる。
彼女も私も、まだまだ人間に対しては、修行が足りないのだ。
先生は、それからも本を続けて出版した。それも、ヒットが続いて、本の売れ行きも好調だ。おかげで、出版社も儲かって、編集長も大喜びだ。
中でも、一番売れたのは『私が愛した宇宙人』という、私と先生の話だった。
もちろん、恋愛ラブコメ的な小説としてだ。
おかげで、編集長は、機嫌がいい。私も、社長賞という金一封をくれた。
もっとも、そのお金は、先生や彼女たちと、焼鳥屋でバァーっと使ってしまった。
「麗子、市川先生の次の本は、どんなのを書いてるんだ?」
編集部に顔を出すと、編集長からそう言われた。
編集長には、私と先生のことは秘密だ。もちろん、私が宇宙人であることも・・・
「今度のは、ある国からやってきた、オテンバお姫様とその家来たちの、ドタバタコメディ的な本です」
「それは、おもしろそうだな。期待してるぞ。担当として、しっかり頼むぞ」
「ハイ、任せてください。それじゃ、早速、行ってきます」
私は、そう言って、愛用のバッグを肩にかけて出て行った。
先生のウチに着くと、玄関の表札の横についているチャイムを鳴らした。
本が売れるようになって、壊れたチャイムを新しくした。
「先生、失礼します」
そう言って、部屋に上がる。靴を脱いで上がろうとすると、そこには、4人分の靴が並んでいた。
短い廊下を歩いて、先生の書斎に向かおうとすると、途中にあるキッチンから、3人の声が聞こえた。
「おや、姐さん、お待ちしてたチュン」
「先生とお嬢は、中にいるニャン」
「ゲロゲ~ロ」
「ちょっと、アンタたち、何をしてるの?」
「なにって、今夜の夕飯の準備だチュン」
「姐さんもいっしょに食べるニャン」
「ゲロゲ~ロ」
どうやら、この3人は、先生の家政婦にでもなったつもりらしい。
私は、小さくため息を漏らしながら、部屋に行った。
「先生、お邪魔します」
「麗子さん、待ってたよ」
「どうですか、進んでますか?」
「それが、その・・・」
先生は、頭をかきながら困っている感じだ。
「どうしたんですか?」
私は、心配になって聞いてみた。すると、先生ではなく、彼女が口を開いた。
「麗子、なんだこれは? なんで、あたしが、オテンバ姫なんだ?」
どうやら、心配なのは、彼女の方らしい。
「あたしは、怪物王国の次期女王で、お姫様だぞ。こんな、乱暴で、口が悪くはない。だから、書き直せと言ってるんだ」
「イヤイヤ、だから、これは、小説だから・・・」
「小説でも、イヤなもんは、イヤなんだ。もっと、あたしは、美人でおしとやかで・・・」
そこまで聞いて、私は、思わず吹き出してしまった。
「何がおかしい?」
「ごめん、ごめん。でもね、そんなオテンバお姫様が、きれいな女王様になるっていう話なのよ。姫ちゃんの修業中の話だけどね。ホントのことを書くわけじゃないから、気にしないでよ」
「そうはいくか。修業中の身とはいえ、あたしは、こんなんじゃない」
「わかってるわよ。でも、これは、本なんだから、本気にしないの」
そう言うと、彼女は、腕を組んで考え込んでしまった。
「先生は、気にしないで、続きを書いてください」
私は、そう言って、先生を安心させる。
私と先生の仲は、アレから進展していない。お互い好きなのは、わかっている。
でも、私自身も修業中の身なのは、自覚しているので、作家と編集という
立場だけは、守るようにしていた。だから、彼女が、修行を終えて、怪物王国に帰った時は結婚しようと、二人で話し合っていた。もっとも、その日が、いつ来るのかわからない。
「何か考えると、腹が減るから、やめた。ご飯の支度でもしてくる」
彼女は、そう言って、部屋を出て行った。彼女の修業は、まだまだ続きそうだ。
私も、仕事に取り掛かる。書きかけた原稿を読みながら、パソコンに打ち込む。
「読んでみると、おもしろいですね。でも、これって、先生と大王様の話じゃないんですか?」
「あっ、やっぱり、気が付いた? さすが、担当編集だなぁ」
「読めばわかりますよ。姫ちゃんには、まだ、そこが理解できないだけです」
この本の主人公は、お姫様が人間界に修行に来て、親友を作るという話だけど
これって、まんま、先生が子供のころの話で、大王様の子供の時代の話でもある。
昔を思い出しながら書いているみたいで、先生も楽しそうだった。
これを読むと、先生の子供時代がわかりそうだ。
大王様が怪物くんと呼ばれたころの話でもある。完成するのが、私も楽しみだ。
すると、キッチンから、何やら声が聞こえてきた。
せっかく、先生が乗って書いているというのに、邪魔しないでほしい。
私は、重い腰を上げて、声がする方に行ってみた。
「ちょっと、アンタたち、静かにして。先生は、仕事中なのよ」
そう言って、キッチンを覗くと、4人が言い合いをしている。
「ネコうなぎが、くしゃみなんかするからいけないんだ」
「ごめんニャン」
「ごめんですむか。これを、どうするんだ」
見ると、彼女も家来たちも真っ白の粉まみれになっていた。
「ちょっと、何をしてるの?」
「フライをあげようと小麦粉を付けようとしたら、ネコうなぎが、くしゃみをしたチュン」
「それは、河童が、勢いよく粉を付けたからニャン」
「ゲロゲ~ロ」
「とにかく、掃除して。床まで、真っ白じゃない。とにかく、全員、顔を洗ってらっしゃい」
4人を洗面所に連れて行った。
「まったく、もう。これじゃ、怪物王国に帰るのは、まだまだ先ね」
私は、真っ白になった床を見て、深いため息を漏らした。
これじゃ、先が思いやられる。修行が終わるのは、いつのことやらだ。
私と先生の仲も、まだまだ先になりそうだ。
それでも、私は、楽しかった。地球人として生きることに決めた私は、毎日が充実していた。
仕事は忙しかったが、やりがいもあった。先生の執筆活動も順調のようだ。
彼女たちも、口ではいろいろ言っても、毎日、街に出て行って、人間観察に余念がない。
修業中ということは、わかっているようだ。
顔を洗ってきた彼女たちにタオルを出しながら言った。
「今夜は、いつもの焼鳥屋にでも行きましょうか」
「それがいい。あの焼き鳥を食べたかったんだ」
「吾輩も賛成チュン」
「おいらも行くニャン」
「ゲロゲ~ロ」
「それじゃ、先生の仕事が終わったら、行きましょう。だから、それまでに、ちゃんと後片付けするのよ」
「ハ~イ!」
返事だけはいいんだから。私は、一人呟きながら、部屋に戻った。
さて、今夜は、また、あの焼き鳥屋で一杯飲みながら、常連のおじさんたちとおしゃべりするか。
あの子たちも、すっかり常連になったようで、通ってくるおじさんたちとも仲良くなった。それも、人間観察の修業にもなると思っている。
アレから、本星からは、何も言ってこない。
もっとも、コンピュータを壊してしまったので連絡のしようがない。
もしかしたら、いつか、私を見つけ出すかもしれない。
そのときは、どうなるか、覚悟はできている。
でも、その日までは精一杯、人間として生きることにしている。
私が愛した地球人。私を変えてくれた人。私の生きる道を教えてくれた人。
地球に来てよかった。侵略目的だったとはいえ、そのために、先生と出会うことができた。
ある意味、本星には、感謝の気持ちで一杯だ。楽しく笑って、毎日を生きること。
人間に教えてもらったことだ。短い人生を精一杯生きる。悔いなく生きる。
私は、地球人になったことに後悔の気持ちはない。
私が愛した地球人。この命が尽きるまで、私は、地球人を愛し続けるだろう。
「麗子さん、ハイ、今日の分」
「お疲れ様でした。それじゃ、出版社に戻って、編集長に報告してくるから」
「ありがとう。ご苦労だけど、よろしく頼むよ」
「今夜は、焼鳥屋に行きましょうよ」
「いいね。あの子たちも喜ぶだろう」
「そうね。それじゃ、また、後で」
私は、そう言って、原稿を持って、出版社に戻る。
玄関を出て、空を見上げると、雲一つない青空だった。
まるで、今の私の心のようだ。
息を吸って、両手を空に向かって突き上げて、大きく足を踏み出した。
今日は、一段と晴れやかな気分だった。
新しく踏み出した一歩は、地球人としての一歩でもある。
「さぁ、私もがんばらなきゃ」
私は、そう口に出して、歩き始めた。
私の地球人としての一歩は、まだ、始まったばかりだ。
終わり
私が愛した地球人。 山本田口 @cmllaaa
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