第9話 再会は、カレーとラーメンの前に。

 それから数日が立ち、ついに、その日を迎えた。今日が、運命の日だ。

その日は、編集長に言って、休みをもらっていた。今日ばかりは、仕事どころではない。

一歩間違えば、地球が侵略されるのだ。地球の存亡の危機を迎える一日なのだ。

 また、本星からの指示で、各国首脳に、地球を侵略する予告は、結局しなかった。

相手にされないだろうということはわかっていたし、私の気持ちは、地球侵略を阻止したいと思っていたからだ。この時点で、私は、星の命令を無視した、裏切り者ということだ。

 限りなく重い足取りで、市川先生の自宅に向かう。

彼女の話では、今日のお昼ごろに大王様と市川先生が会う段取りになっている。

記念すべきことなのに、私は、どんな顔をして、彼らに会ったらいいのかわからなかった。

 私は、歩いて行くと、その途中で、いろいろ考えてしまう。答えが出ないまま自宅に着いてもどうすべきかわからないので、思い切って瞬間移動で行くことにした。

自分に考える時間を与えないようにした。

 自宅のアパートの裏に回って、精神を統一すると、次の瞬間には、市川先生の自宅前に着いた。

ところが、付いたら目の前に大きな壁があって、ぶつかってしまった。

「あっ・・・」

 尻もちをついて声を上げると、その大きな壁が言葉を話した。

「すまん」

 私は、そのまま見上げると、それは、壁ではなく大王様だった。

「大王様!」

「お前か。確か、宇宙人の麗子とか言ったな」

「ハ、ハイ・・・」

 私は、返事をしながら立ち上がると、スカートのお尻を叩いた。

見れば、初めて見た時とは違って、黒いタキシード姿だった。

黒いステッキに黒いシルクハットを被って、全身黒ずくめだった。

あの時は、全身金色ずくしだったが、これはこれで、迫力がある。

「ど、どうしたんですか?」

「う、うん・・・いざとなると、なかなか入る勇気がなくてな」

 大王様とあろう者が、この期に及んで何を言ってるんだ。緊張しているのが、私にも伝わった。

「行きましょう。市川先生が待ってますよ」

 私は、そう言って、大きな大王様の手を握って、玄関に連れて行く。

「ちょ、ちょっと待て。まだ、心の準備が・・・」

「何を言ってるんですか。大王様でしょ。それに、先生だって、早く会いたがってますよ」

「しかし、私は・・・」

「いいから、早く入ってください。みんな待ってますよ」

 私は、その手を力一杯引っ張って、玄関に引き入れた。

「みんな、先生、大王様が来たわよ。さぁ、入って、入って」

 背の高い大きな大王様は、腰を屈めて、玄関を潜った。

大きな靴を脱いで、中に入る。歩きなれた廊下を台所を見ながら進む。

実は、私も緊張していた。この時ばかりは、地球侵略のことも忘れていた。

「先生、失礼します。大王様です」

 そう言って、障子を開けて、大王様を中に入れた。

大きな体を小さく折り曲げながら中に入った。

市川先生は、机に向かって、大王様に、背中を向けたままだった。

「ヒ、ヒロシ・・・」

 蚊の鳴くような小さな声だった。

「そんな声じゃ、先生に聞こえませんよ」

「ヒロシ・・・」

「もっと、大きな声で呼んでください」

「ヒロシ!」

「聞こえてるよ、怪物くん」

 先生は、背中越しに言うと、静かに立ち上がり、こちらを向いた。

「久しぶりだね。怪物くん。イヤ、今は、大王様って呼ばなきゃいけないのかな」

「バカ野郎! ヒロシは、昔のまま、怪物くんでいいんだ」

 いきなり、大声で怒鳴った大王様の大きな目から、滝のような涙が流れていた。

「ヒロシ・・・」

「怪物くん」

 大王様は、その場に崩れるように膝を折って、市川先生を抱きしめると、大声で泣き出した。

「ヒロシ、すまん」

「何を言ってんだよ、怪物くん」

「私は、お前に、失礼なことをしたんだ」

「そんなこと、もう、忘れたよ。ほら、泣かないでよ。大王様がみんなの前で、みっともないよ」

 部屋の中には、彼女や家来たちもいる。

三人の家来たちは、もらい泣きしているのか、しきりにハンカチで目をぬぐっている。彼女も小さく鼻を啜っていた。

「ヒロシ、お前は、私が怖くないのか?」

「怖いわけないだろ。怪物くんは、怪物くんでしょ。姿形が変わっても、怪物くんには、変わりないじゃないか」

「ヒロシ・・・」

 そう言って、また、大王様は、先生を抱きしめて、泣き出した。

どうやら、大王様は、泣き上戸らしい。でも、その気持ちはわかる。

何十年ぶりの再会なのだ。

「あらあら、何か声がしたと思ったら、怪物くん、来てたの?」

「歌子!」

 障子が開いて顔を出したのは、先生のお姉さんだった。

「まぁ、大きくなって。立派になったわね」

「歌子・・・」

 今度は、お姉さんに抱きついて、泣き出した。

「変わってないわね、怪物くんは。大王様になったんだって。いつまでも、泣き虫じゃダメじゃないの」

 そう言われて、大王様は、何度も頷きながら、鼻を啜っている。

「ほら、しっかりしなさい。娘さんたちに笑われるわよ」

 大王様は、彼女たちを一目見ると、元の厳しい顔に戻って、立ち上がった。

「私が、大王になれたのは、ヒロシと歌子のおかげなんだ。私は、一日たりとも、忘れたことはない」

「そんなことないよ」

「そうよ。照れるじゃないの」

「それにさ、怪物くんとは親友なんだから、気にしないでよ」

「ヒロシ・・・ お前は、あの頃と変わってないな」

「そうでもないよ。ぼくも大人になって、今じゃ、こうだよ」

 そう言って、先生は、笑った。

「ねぇ、ドラキュラとか、三匹の家来たちも元気なの?」

 先生が言うと、大王様は、畳に胡坐をかいて座りながら言った。

「元気だ。今じゃ、私の補佐をしている」

「あの人たちにも会いたかったな」

「もちろんだ。あいつらも、ヒロシに会いたがってたぞ」

 残念ながら、大王様の留守を守らなければならないらしく、家来たちは王国で留守番をしているらしい。

私は、この時間だけは、地球が侵略されることを忘れることができた。

「さぁ、それじゃ、あなたたちは、食事の準備の続きをするから手伝って。怪物くんとヒロシは、もう少し待っててね」

「何のことだ?」

「決まってるじゃない。せっかく、怪物くんが来てるんだもの。ご馳走を作らなきゃね」

「そんな気にしないでくれ」

「遠慮しないで。ご馳走と言っても、あなたの好きだったカレーライスと、この子たちが作ったラーメンよ」

「なんだって!」

「怪物くん、姉ちゃんが作った、カレー好きだったじゃないか」

「当り前だ。あの味は、今も忘れたことはない。アレが、また、食えるのか?」

「楽しみに待っててね。それに、娘さんたちがあなたのために、ラーメンを作ったのよ」

「なに?」

 そう言うと、大王様は、彼女たちを見た。姫ちゃんたちは、照れながらも胸を張った。

「そうよ。だから、パパ、もう少し待っててね。おいしいラーメンを作るから」

 それを聞いた大王様は、また、大粒の涙を流し始めた。

「ほら、怪物くん。泣かないの。いい娘さんを持ったね。怪物くんが羨ましいよ」

 大王様は、先生が差し出したハンカチで涙をぬぐいながら、感激しながら何度も頷いていた。

それからというもの、彼女と家来たちは、お姉さんとキッチンで料理の準備を始めた。

その間、大王様と先生は、昔の話をしながら、楽しそうに笑っている。

アルバムを見ながら、昔話に花を咲かせていた。その様子は、とても楽しそうで、嬉しそうだった。

それを見ていることしかできない私は、絶対に、地球を侵略させてはいけないと思った。

 人間と怪物との友情。離れていても、立場は変わっても、変わらない気持ち。

怪物王国の大王さえも感動させてしまう人間の強い心に、私は、地球人の奥の深さを感じた。

これは、先生だけではない。地球人という、人間の持つ、強い気持ちだ。

私でさえ、胸の奥が熱くなってくるのがわかった。そんな市川先生の思いが伝わる。

大王様だけでなく、つい最近、知り合ったばかりの宇宙人の私にも、引き込まれる何かが伝わる思いだった。

 人間の純粋な相手を思う気持ち。先生は、それを私に教えてくれた。

そんな二人を見ているうちに、気が付くと私も感激して、目の奥が熱くなってくるのがわかった。

 二人は、笑いながら、あの頃の話に夢中だった。

「この写真を覚えてる?」

「当り前だ」

「怪物くんたちって、写真に撮られるのをすごく嫌がってたよね」

「初めてだったんだから、仕方ないだろ」

「この顔は、いつ見ても、笑うよ」

「恥ずかしいから、見るんじゃない」

「ほら、これなんか、カレーの取り合いでケンカした後だよね」

「アレは、ヒロシが悪い」

「違うよ、怪物くんだよ」

「いいや、ヒロシだ」

「怪物くんだって」

 言い合いが始まっても、二人の顔は、笑っていた。

こんな昔話を懐かしく思いながら、笑って話せる二人が羨ましかった。

私には、そんな昔話などない。笑って話せることもない。懐かしく思う友達もいない。宇宙人というのは、そんな存在なのだ。それが、悔しかった。

私も地球人に生まれたかった。

そして、大王様や先生のように、昔を懐かしみながら話をして笑いたかった。

侵略宇宙人というのは、人間に比べて、なんて小さい存在なんだろう・・・

そんな人間たちが暮らしている地球を侵略するなんて、こんな愚かな行為をしようとしている自分が恥ずかしくなった。

「ハ~イ、出来たわよ。二人とも、こっちにいらっしゃい」

 お姉さんが呼びに来た。二人は、待ち兼ねたように立ち上がると、キッチンに向かった。

「ほら、麗子さんも」

 先生は、そう言って、部屋の隅で小さくなっている私の手を引いた。

「私も・・・」

「当り前じゃないか。麗子さんにも食べてほしいんだよ。麗子さんは、ぼくの新しい友達じゃないか」

「先生・・・」

 私は、胸が締め付けられるような思いで先生を見た。

「麗子、お前にも感謝している。私が好きだった、カレーをお前にも食べてもらいたい」

「大王様まで・・・」

 こんな私は、思い出のカレーライスや彼女が作ったラーメンを食べる資格があるのだろうか?

ない。絶対にない。あってはいけない。私は、地球を侵略に来た宇宙人なんだ。

「でも、私は・・・」

「大丈夫だよ。今は、楽しく食べようじゃないか」

 私は、涙がこぼれるのを必死でこらえながら、二人に手を引かれてキッチンに行った。

キッチンに行くと、テーブルには、湯気が立っている出来立てのカレーとラーメンがあった。

それぞれが席について、私たちを待っていた。先生を間に挟んで、両脇に私と大王様が座った。

「うまそうだ。これは、あの時食べたカレーと同じニオイがする」

「久しぶりだから、うまくできてるかしらね?」

 お姉さんは、そう言いながら向かいに座った。

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」゛

 みんなで手を合わせて、挨拶した。そして、大王様は、カレーを一口食べる。

「うまい! うまいぞ、歌子」

「そう、よかった」

「ホントにうまい。あの時と同じだ」

 感激屋で泣き虫の大王様は、また、涙を流しながら夢中でカレーを食べ始めた。

「この味は、忘れたことがない。また、食べられるとは、思わなかった」

「怪物くん。泣きながら食べると、味がわからなくなるよ」

「そんなことはない。歌子の作るカレーは、世界一だ」

 大王様は、ぺろりと一皿食べてしまった。

「怪物くん、お代わりもあるわよ」

「そうか。頼む」

 そう言って、空になったお皿をお姉さんに渡した。

「怪物くん、姫子ちゃんたちのラーメンも食べてみてよ」

 先生に言われて、大王様は、ラーメンを食べ始めた。

スープを一口飲んで、麺を勢いよく啜った。

「これは、お前が作ったのか?」

「そうよ。ちゃんとラーメン屋のおじさんに教わって作ったのよ」

 彼女は、どうだと言わんばかりの顔で言った。

「吾輩は、出汁を取ったチュン」

「あっしは、麺を作ったニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 大王様は、それを聞いて、上を向いたまま、静かに言った。涙を我慢しているようだ。

「ホントに、お前たちが作ったのか?」

「そうよ。嘘じゃないわよ。ねぇ」

「チュンチュン」

「ウニャ~ン」

「ゲロゲ~ロ」

「そうか・・・ うまいぞ。こんなにうまいラーメンは、食べたことがない。よくかんばったな」

 大王様は、そう言って、ラーメンを夢中で食べていた。

確かに、このラーメンは、おいしかった。屋台のおじさんのラーメンと同じくらいおいしかった。

彼女たちは、このためにがんばったんだなと思うと、私も感慨深い。

「おいしいでしょ。みんな、怪物くんに食べてもらいたくて、がんばって作ったんだよ」

「そうか、そうか・・・」

 怪物くんは、カレーとラーメンを交互に食べながら、何度も頷いていた。

私もこの時は、何も考えず、食べていた。今は、このおいしいものを食べているだけでいい。その後、大王様は、カレーを三杯、ラーメンを二杯も食べた。

 みんなお腹一杯だった。そして、お姉さんが出してくれたお茶を飲みながら、一息ついた。

お姉さんと家来たちが後片付けをしている。そんな時だった。大王様が、言った。

「さて、次は、お前の番だな。麗子は、どうするんだ?」

 急に振られた一言に、私は、言葉に詰まった。

「私は・・・」

 それだけ言って、次の言葉が出てこない。

「ごめんなさい」

 私は、それだけ言って、立ち上がると逃げるように、部屋を出て行った。

「麗子さん!」

「麗子」

 先生と彼女の声が聞こえた。後から追ってくるのがわかる。

「麗子さん、待ってくれ。どこに行くんだ?」

「先生、ごめんなさい。私は、自分の星を裏切れない。でも、先生たちは、助けたい」

 これが、私の本心だった。でも、どうしていいかわからない。

私は、靴を履くのももどかしく、玄関を出て行く。先生と彼女が追ってきた。

「待て、待ってくれ。行かないで、麗子さん」

 呼び止める先生の声を聞いて振り向くと、泣き笑いの顔で言った。

「先生、私は、宇宙人なんです。この地球を侵略するために来た、悪い宇宙人なんです。マゼロン星人が、私のホントの名前。驚いたでしょ」

 言ってしまった。ついに先生に、ホントのことを話してしまった。

もう、地球にはいられない。先生の前から姿を消さないといけない。

それなのに、先生は、いつもと変わらず、優しい顔で言った。

「知ってるよ。だけど、麗子さんには変わりないじゃないか。例え宇宙人であっても、麗子さんは、麗子さんだろ」

「先生・・・」

 私は、涙が止まらない。これが、人間の感情というものなのか。

悲しいときには、涙が止まらないというが、これが、そうなのか・・・

「だから、行くな。行かないでくれ」

 不意に、先生は、私を抱きしめた。

「麗子さん、これからもぼくのそばにいてくれないか」

「先生・・・ありがとうございます。でも、行かないといけないんです。地球のピンチなの」

 そう言って、先生を突き放すと全力で走り去った。

「麗子さん!」

「麗子!!」

 私は、自分の部屋に瞬間移動した。先生たちは、もう追っては来られない。

部屋に戻った私は、押入れを開けて、コンピュータのスイッチを入れた。

すぐに、本星からの通信が入った。でも、私は、なんて答えればいいのか・・・

命令を無視して、各国の首脳にこのことを予告もしていない。

 私は、息をのんで、侵略するのを辞めてもらおうと言葉を選んで話す。

どんなに拒否されても説得する。先生を助けるためには、例え私が命令違反で処罰されてもそれでいいと思った。心を決めて、マイクに向かって話そうとした、その時だった。

本星から、思いもしなかった指令が聞こえた。

私は、それを聞きながら、夢かと思った。腰が抜けたのか、その場にへたり込んだ。

「麗子!」

「麗子さん」

 その時、彼女と先生が部屋に飛び込んできた。

放心状態のような私は、二人の方を向いた。

「麗子さん、しっかりして」

 先生は、そんな私の肩を掴むと、強く揺さぶる。

「麗子、しっかりしろ。なにがあった?」

 彼女が、私の頬を軽く叩く。そのおかげで、私は、やっと気が付いた。

「姫ちゃん、先生」

「どうした、麗子さん、何があったんだ?」

「助かっちゃった。私も先生も、みんなも、地球も、みんな助かっちゃったわ」

「どういうことだ?」

 本星からの指令は、地球侵略の延期だった。地球よりも先に、別の惑星を侵略することになった。

よって、地球は、侵略されないで済むということだった。

だから、地球も、地球人も、もちろん、先生たちもみんな助かった。

しかし、一つ、困ったことがあった。惑星侵略に私も参加しろということだ。

でも、私の気持ちは決まっている。私は、本星からの指令を二人に話した。

「よかった。よかったじゃないか」

「まったく、麗子の星って、気まぐれなのね」

 二人は、呆れているようだった。でも、ホッとした様子なのは、その顔を見ればわかる。

「でも、私は、地球を去らないといけない。惑星侵略に参加しなきゃいけないの」

「それで、麗子は、どうするんだ?」

 彼女の言葉を私は、しっかり受け止めると、先生を見ながらハッキリと言った。

「断るわ。私は、これからも地球にいる。先生のそばにいることにする。だから・・・」

 私は、そこまで言うと、通信用のコンピュータに腕を振り上げると、思いっきり壊した。

「あっ!」

「麗子、お前・・・」

「もういいのよ。マゼロン星なんて、知らない。私は、地球人になることに決めたの。だから、もう、命令なんて聞かない。こんなもの、必要ない」

 私は、完全に機能が停止したコンピュータを見て、清々しい気持ちになった。

これでいい。これでいいんだ。私が選んだ道は、地球人になること。

もし、それが間違っていたとしても、私は後悔しない。

人間のように、自分の生きる道は、自分で決める。だって、それが、自分の人生だから・・・

いつか、先生が言ったことを思い出していた。

「先生、これからもよろしくお願いします」

「うん」

「私が愛した地球人は、先生です。ちゃんと、責任を取ってくださいね」

「わかった」

「でも、結婚とか言うのは、まだ先ですよ」

「えっ?」

「先生が、もっと、売れっ子作家になって、たくさん本が売れたらの話ですよ。

だから、それまで、私がそばにいるから、いい本をもっと書いてくださいね」

「こりゃ、やられたな。厳しい編集さんだ」

 そう言って、私たちが笑うのを、彼女は、少し安心したような、不思議そうな顔で見ていた。


 私たち3人は、先生の家に戻ると、大王様と家来たちみんなが心配して待っていてくれた。

事の次第を話すと、みんなホッとした顔をした。

「麗子、お前は、自分で決めたことを信じてこれからも生きるんだな」

「ハイ、大王様」

「困ったことがあったら、何でも言うんだ。いつでも助けに来るからな」

「ありがとうございます」

 私は、大王様に、深々と頭を下げた。私は、感謝の思いを込めて、お礼を言った。

そんな時だった。大王様の持っているステッキが光った。

何もない壁に、何かが映った。テレビ電話のようなものらしい。

『大王様、そろそろ、お時間でザマス』

『お帰りの時間でガンス』

『フンガー』

「あっ! ドラキュラ、狼男、フランケン」

 先生が、投影された壁に叫んだ。

『ヒロシくん、お久しぶりザマス』

『元気そうでよかったガンス』

『フンガー』

 この3人が、大王様と先生が言っていた、子供時代の家来たちなのか。

「わかっている。すぐに帰る」

 大王様は、フンと鼻を鳴らすと、先生に向き直った。

「そう言うことだ。ヒロシ、短い時間だったが、とてもいい時間を過ごせた」

「ぼくもだよ」

「ヒロシ、元気でな」

「怪物くんも」

「何か、困ったことがあれば、何でも言ってくれよ」

「うん。頼りにしてるよ、怪物くん」

 二人は、固く握手をして、肩を叩き合った。その顔は、とてもいい顔をしていた。

二人とも、子供時代に戻ったように、笑い合っていた。

 その光景を見て、人間が心底羨ましく思った。こんな素晴らしい関係を私も築きたい。

私にできるだろうか? これも人間の持つ感情というものなのか? 

私にも、それがわかるときが来るのだろうか?

「歌子、世話になったな。カレー、ホントにうまかったぞ」

「どういたしまして。また、食べたくなったら来てね。いつでも作ってあげるわ」

 そう言うと、大王様は、また、感激したのか、お姉さんを抱きしめた。

「そうそう、ヒロシと麗子に一つ頼みがある」

 私と先生が、顔を見合わせていると、大王様が言った。

「娘のこと、これからもよろしく頼む。面倒を見てやってくれ」

「えっ! あたし、怪物王国に戻るんじゃないの?」

 彼女は、驚いて大王様を見上げた。私も、当然、大王様といっしょに王国に帰ると思っていた。

それなのに、その一言は、その場にいた全員が、驚いて顔を見合わせていた。

「当たり前だろ。まだまだ、修行が全然足りん。怪物王国に帰るのは、まだ早いわ」

 大王様に一喝された彼女は、シュンと下を向いてしまった。

しかし、大王様に優しく肩を抱かれた彼女は、なんだか名残惜しそうだった。

「いいか、お前の修業は、これからだ。私とヒロシのような、親友を作るまで、王国には帰るな。心から、信頼し合える一生の友を作れ。それが、お前の修業だ。わかったな」

「わかったわ。パパたちに負けない友達を作って見せるわ」

「よし。その意気だ。しっかりやるんだぞ。それと、お前たちも娘のこと頼んだぞ」

 3人の家来たちに向かって言うと、3人は、その場にきちんと膝を揃えて頭を下げた。

「大王様、姫様のことは、お任せくださいチュン」

「お嬢のことは、心配無用ニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 果たして余り頼りになりそうもない家来たちでも、彼女にとっては、頼もしい仲間なのだ。

「麗子、娘の友だちになってくれるか?」

「何を言ってるんですか、大王様。私と姫ちゃんは、もう、友達ですよ」

「麗子」

 彼女は、そう言って私に抱きついてきた。私は、彼女の頭を優しく撫でながら言った。

「姫ちゃん、これからもよろしくね」

「うん。麗子、いっしょにイッチーを応援しような」

「そうね」

 私は、そう言って、先生を見た。先生は、少し照れたように頭をかいた。

「それじゃ、ヒロシ、また、会うのを楽しみにしてるぞ」

「さよならは言わないよ。またね、怪物くん」

 そう言って、大王様は、光の中に消えていった。

「行っちゃった」

「行っちゃったわね」

 私と先生が同じことを言った。

「先生、これからもよろしくお願いします。姫ちゃんもね」

「こちらこそ」

 先生が小さく頭を下げるので、私は恐縮してしまった。

「よし、そうと決まれば、あたしもがんばらなきゃ。パパとイッチーみたいな友達を作るわ」

「アラ、私は、友達じゃないの?」

「フン、麗子みたいな大人には、用はないわ。どうせ作るなら、もっと、カッコいい男の子のがいいもの」

「言ったわね」

 そう言うと、彼女は、べ~と舌を出すと逃げて行った。

「なんてことを言うチュン」

「お嬢、待つニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 3人の家来が彼女追いかける。それを私と先生は、笑ってみていた。


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