第8話 初めての告白。

 翌日からは、気持ちを切り替えて、私は、編集という仕事を今まで以上に精を出した。市川先生だけでなく、他の本の編集もやるようになった。

「麗子、お前、最近、ずいぶん張り切ってるな。なんかあったのか?」

「別に何もありませんよ。仕事の楽しさがやっとわかってきたんです」

「それならいいけど・・・ そうだ、それなら、今度は、ペットの本の編集でもしてみるか?」

「ペットですか?」

「そうだ。最近、ペットブームだからな。ウチでも、一冊くらい出してみようということになってな、第一弾は、有名な小鳥の病院の先生のインタビューと、小鳥の飼い方をやってみようと思っててな、編集を誰にやらせるか、考えていたんだ」

「やります。私にやらせてください」

「それは、いいが、市川先生の方は、大丈夫か?」

「ハイ、先生の方もがんばります。今、次の小説を執筆中です」

「そうか。それじゃ、お前に頼むかな。しっかり頑張れよ」

「ハイ、ありがとうございます」

 そんなことで、私は、市川先生だけでなく、他の仕事もやることになった。

早速、編集長に教えてもらったメモを頼りに、小鳥の病院に向かった。

行ってみれば、先生は、かなり年を召された白髪頭の優しそうなおじいちゃん先生だった。

病院とは言っても、いわゆる獣医さんという感じではなく、家の一部を改造したようなところで自宅に招かれているような感じがした。

でも、話を聞く間、椅子に座っていると、インコや文鳥などの飼い主さんたちが、ひっきりなしにやってきた。

どうやら、すごく有名な名医らしい。診察している様子を見ても、親切で優しそうな口調で心配してやってきた飼い主たちも、安心したような感じだ。

 待っている間に、順番を待っている飼い主に少し話を聞いてみた。

「すごく優しくて、ちゃんと見てもらえるので、安心ですよ」

「インコのような小さな小鳥を見てくれる病院て、ないんですよね。このために、遠くから来てるんです」

「急患の時も、ちゃんと見てくれて、ホントに助かってます」

 飼い主たちからもいろいろな感想を聞くことができた。

確かに、犬や猫などは、獣医がたくさん街にあるのを見たことがある。

しかし、小鳥など、小動物関係は、見てくれる獣医がいないのも現実だ。

特に、小鳥となると、なかなか見てくれる先生がいないらしい。

 私は、診察が終わるのを待って、話を聞くことができた。

私の質問にも、丁寧に答えてくれた。ペット初心者というか、これまでペットなど、飼ったことがない私にとってインコという生き物について、わかりやすく教えてくれた。

 先生が高齢ということもあり、診察の後で疲れているので、今日は、見学と話を聞くだけにして後日、改めてインタビューに伺うということを約束して、出版社に戻った。

 病院の話を編集長にすると、今度は、カメラマンも同行するように言われた。

なんか、仕事をするということが、楽しくて仕方がない。

事実、数日後、カメラマンを連れて、小鳥の病院で先生のインタビューをしたときは、気持ちが高ぶって、いろんな話を聞くことができた。

一時間の約束だったのに、先生からいろいろ話が聞けて、二時間を超えていた。

 その翌日、今度は、市川先生の執筆の様子を見に行った。

「先生、失礼します」

 まだ、呼び鈴のチャイムを直していないので、いつものように引き戸を開けて入る。

「先生、原稿の進み具合はどうですか?」

「麗子さんか。だいぶ進んでるよ」

「少し、来られなくて、すみませんでした」

「気にしなくていいよ。麗子さんも、ぼくだけにかかりきりにするわけにいかないからね」

 そう言って、書いた原稿の束を見せてもらった。

最初のページには、原稿のタイトルが書いてあった。

『ぼくの親友は、大魔王』。そう書いてあった。

「先生、これって・・・」

「そうだよ。ぼくと怪物くんの子供のころの思い出の話を小説にしてみたんだ。もっとも、子供のころの記憶だから余り覚えてないから、かなり脚色して書いてあるけどね」

「読ませてもらいます」

 私は、そう言って、最初のページから読み始めた。

先生と大王様との出会いから始まり、不思議な体験や楽しく遊んだ話や、ケンカをした時のこと、突然の別れ、その後の少年の成長物語など、大王様との友情とその思いが書いてあった。きっと、それは、先生自身の思いなのだろうと思った。

「いいです。すごくいいです。ぜひ、書いてください」

「ありがとう。がんばるよ。だいたいの構想は、考えているんだ。でも、子供のころのことだからね。昔のことは、なかなか思い出せないんだよ」

「小説ですから、フィクションでいいと思います」

 これは、少年と不思議な大王様との友情物語の小説として書けば問題ない。

感動させるような内容になってくれるとうれしい。

 私は、書き始めた小説をパソコンに打ち込む作業を始めた。

先生も机に向かって、ペンを黙々と走らせている。こうやって、先生の背中を見るのが、私は好きだった。

 初めて出会った頃は、ガスも止められた貧乏を絵に描いたような売れない作家だった。それが、あの子たちと接するようになると、どんどん元気になっていくような感じがした。原稿も進んでアイディアを出すようになり、夢中で書いてくれた。

おかげで、原稿料も入り、ガスも開通して、あの子たちはもちろん、私とも話をするようになった。あの頃とは、別人のような気がしてきた。

こんな短い期間で、人は変われるのだろうか?

人間という生き物は、不思議だ。私は、この頃、そんな思いで先生を見るようになった。

 そこに、いつものように、彼女たち四人が、家の中に入ってきた。

「イッチー、いるか!」

 元気がいいというか、無駄に明るいというか、そんな彼女がドアを開けると同時に声をかけた。

「ちょっと、静かにしなさい。今、仕事中よ。それに、ここは、先生のウチよ。勝手に入らないの」

「それどころじゃない。イッチー、喜べ。パパが、お前に会いに来るぞ」

「えっ! 怪物くんが・・・」

 先生は、思わずそう言って、振り向いた。

「苦労したのよ。パパも恥ずかしがり屋だし、昔のことを覚えていないから会えないとか言って、説得するのが、大変だったんだから」

「そうチュン。大王様は、忙しいから、時間がないチュン」

「それでも、あっしらがみんなで説得したニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 彼女たち四人は、自慢するように、話を始めた。

「そうか・・・ 怪物くんに会えるのか。だけど、今のぼくでいいのかな?」

「何を言ってる。会いたいって言ったのは、イッチーの方だろ」

「それは、そうだけど・・・」

 先生は、一度は、喜んだが、すぐに自信がなさそうな顔になって、下を向いてしまった。

「大丈夫ですよ、先生。本も出して、売れっ子作家の仲間入りしてるじゃないですか。自信を持ってください」

「でもなぁ、向こうは、今は、大王様なんだろ」

 まだ、煮え切らない態度の先生に、爆発したのは、彼女だった。

「イッチー! お前、あたしのパパと親友なんだろ。会うのは、何十年ぶりなんだろ。イッチーだって、大人になって立派にやってるじゃないか。そりゃ、あたしのパパは、大王だけど、そんなこと、関係ないだろ。そんなことで、迷っているなら、パパと会わせないからね。あたしたちも、イッチーと友達やめるから」

 彼女は、グッと顔を先生に寄せて声を大にして話かける。

その迫力に、先生は、思わず後退るほどだった。

「どうなの、イッチー? 会うの、会わないの?」

「会うよ。怪物くんに会う」

「よし、決まりだ。今から、決めてくるから、そこで待ってるのよ。お前たちもいっしょに来い」

 そう言って、鼻息も荒く、大股で出て行く彼女の後を、家来たちは、慌ててついて行った。

「いやぁ、まいったなぁ・・・」

「大丈夫ですよ。安心してください」

「だけどなぁ、ぼくのことを覚えているかなぁ・・・」

「覚えてますよ。子供のころ、いつもいっしょに遊んでいたんでしょ」

「それは、そうだけど・・・」

「だったら、きっと、覚えていますよ」

「それならいいけど・・・ そうだ、姉さんにも教えてやらなきゃ。姉さんも、怪物くんと会うのは、久しぶりだから、きっと喜ぶよ」

「そうですね。知らせてあげてください」

 先生は、うれしそうな顔に戻って、安心した。きっと、感動の再会になるだろう。

そのときのことも、今度の本に書いて欲しい。私は、編集者という立場として、そう思っていた。

 しかし、喜んでばかりではなかった。私自身に問題が起きた。


 その日の夜、私は、久しぶりに押し入れのコンピュータから、本星に連絡を入れた。

少しの間、何も連絡をしなかったことで、注意を受けたが、そんなことなど吹き飛ぶような話だった。

それは、地球侵略の日時が決まったという話だった。私は、突然のことで、言葉を失った。

しかも、それは、一週間後ということだった。それまでに、私に下された命令は、

地球上の各国の首脳に、侵略することを前もって知らせることだった。

そのとき、首脳たちは、どんな反応をするか、今の私には、予想がついていた。

『本気にする人間は、いないだろう』ということだった。

 今の地球は、一部では、紛争をしているが、ほとんどの国は、平和だ。

宇宙からの侵略など、本気にする人間がいるとは、思えなかった。

きっと、イタズラか何かとして、無視されて終わりだろう。

そして、一週間後、我々の船団が地球にきて、総攻撃をするだろう。

そのときになって、事の重大さに気が付いても、手遅れだ。

地球の武器などでは、到底相手にならない。降伏するならともかく、攻撃してくるようなことがあれば侵略宇宙人は、容赦しない。歯向かう者は、すべて抹殺される。

それが、侵略者なのだ。

そのことを、地球人たちは、知らない。それを思うと、哀れでならない。

 私は、自分の使命として、この星にやってきた。命令には、逆らえない。

逆らえば、私も抹殺される。それに、侵略をスムーズにするためにやってきたのだ。

いまさら、反対なんてできるわけがない。もちろん、そのつもりもない。

ただ、胸の奥に引っかかるもの。それは、市川先生と彼女たちのことだった。

 今更ながら、ラーメン屋さんのおじさんの言った言葉が胸に突き刺さる。

「自分は、どうしたいのか?』 私は、どうしたいんだろう・・・

どうしたらいいのだろう・・・ その晩、私は、一睡もできなかった。

このことを、市川先生や彼女たちはもちろん、出版社の人たちに、どう説明したらいいのかわからなかった。

説明したところで、誰も本気にはしてくれないだろう。自分の正体を知られるのも怖かった。

私は、ベッドにくるまって、頭を抱えた。しかし、朝になっても、答えは見つからなかった。


 出版社に行っても、なんだか気持ちが浮ついた感じがして、心ここにあらずという心境だった。

「どうした、麗子? 今日は、元気がないな。いつものお前らしくないぞ」

「編集長・・・」

「市川先生と小鳥の病院の取材の方は、どうなってるんだ?」

「それは・・・」

「まぁ、お前に任せてあるんだから、俺は、口出ししないから、しっかり頼むぞ」

 編集長は、そう言って、席を立って、タバコを吸いに行った。

侵略が始まれば、本の出版など、それどころではない。

平和慣れしたこの国の人たちは、パニックになるだろう。それが、私たちの狙いでもあった。

 私は、フラフラしながら出版社を出て、市川先生のウチに向かった。

家の前についても、なかなかドアを開けることができなかった。

このことを、なんて言ったらいいのだろうか・・・ 

例え侵略しても、先生は私が守る。それだけは、決めていた。

だけど、彼女たちは・・・怪物王国までも敵に回したくはない。

彼女たちは、今のウチに、帰ってもらうのがいい。

それが、今の私にできることだった。

「おい、麗子、何してんだ。さっさと入れよ」

 後ろから肩を叩かれて、声をかけられた。振り向くと、彼女たちがいた。

「イッチーとパパを会わせる日が決まったぞ。一週間後の今日だ」

「えっ!」

「どうした? 何を驚いてるんだ。そんなにうれしかったか?」

「えっ、いや、そうじゃないの・・・」

「それじゃ、なんだ? もっと嬉しそうな顔をしたらどうなの?」

 そう言うと、私を押しのけて、先に家に上がっていった。

私は、なかなか中に入れなかった。私は、どうしたらいいのか?

よりによって、先生と大王様との再会が、一週間後の今日とは・・・

侵略する日と同じ日じゃないか。私は、どうすればいいんだ・・・

 いつまでも中に入らないわけにはいかない。私は、家の中に入ると、先生の部屋からうれしそうな声が聞こえた。

「麗子さん、聞いてくれよ。ついに、怪物くんと会えるんだよ。姫ちゃんが話を付けてくれてね。いやぁ、今から、楽しみでドキドキしてるよ」

「それは、パパも同じよ。何を着ていこうかって、ママと仕事そっちのけで、話してるらしいわ」

「どっちもどっちだな。怪物くんらしいよ」

 そう言って、みんな明るく笑っているが、私は、笑う気にはならなかった。

「麗子さん、どうしたんだ? 顔色が悪いよ。何かあったの?」

「そうだ。麗子、どうした、何があった。あたしたちに話してみろ」

「相談なら、乗るチュン」

「あっしも心配ニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 みんなが私を心配してくれる。思わず、泣きそうになる。

「いったいどうしたんだい。麗子さん!」

 市川先生が、私の肩を掴んで、軽く揺さぶった。

なかなか顔を上げられない私は、もう、これまでだと、覚悟を決めた。

もう、すべてを話そう。この人たちに隠し事はできない。一度、大きく息を吸い込むと、顔を上げてなるべく明るく、笑顔で話をすることにした。

「みんな、聞いて。私は・・・ 私はね、人間じゃないの。地球を侵略に来た、宇宙人なの。驚いたでしょ」

 私は、平静を装うように、普通に話した。

「バカだな。そんなこと、もう、とっくに気が付いていたよ。何を今更・・・」

「そうだぞ。イッチーの言うとおりだ。麗子は麗子だろ。宇宙人だろうが、何だろうが、そんなことは関係ない」

「そうチュン。姐さんは、吾輩たちの友だちチュン」

「あっしらだって、怪物だし、お互い様ニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 私は、泣きたくなるのをグッと堪えて、話を続けた。

「私のことはいいの。でもね、一週間後、私たちの星から大船隊がやってきて、地球を攻撃するのよ。地球は、侵略されるの。そうなったら、もう、この星は終わりなのよ」

 私は、事の重大さをわかっていない先生や彼女たちに熱く語り続けた。

「姫ちゃんたちは、怪物王国に帰って。先生は、私が必ず守るから」

 私は、一人一人を見て、説得するように話した。

「フフフ、何を言い出すかと思ったら、地球侵略だって? 笑わせるんじゃないわよ。やれるもんなら、やってみたら。この星と人間は、あたしが守って見せるから。もし、イッチーに手出しをするようなことがあったら、麗子でも、容赦しないから、そう思いなさいよ」

「そうじゃないの。姫ちゃん、わかって。お願いだから、怪物王国に帰って」

「ふざけるな! 一週間後は、イッチーとパパが会う日なんだぞ。そんなめでたい日に、地球を攻撃だと。麗子、いったい、お前は、地球人なのか、侵略者なのか、どっちなんだ?」

「それは・・・」

「お前は、地球人になるんじゃなかったのか? イッチーとこの星で暮らすんじゃないのか? あたしは、まだまだこの星にいるぞ。例え、お前たちが侵略してもだ。

第一、そんなことしたら、パパが黙ってないはずよ」

 私は、もう、言葉が出ない。何も返す言葉が見つからなかった。

「麗子さん。キミの立場もわかる。だけど、侵略者なんて、やっぱり、キミには、似合わない。今まで通り、ぼくといっしょに本を書いて行こうよ」

「ダメなの。私は、侵略者よ。先生とは、もう、いっしょにいられない」

「そんなことはないでしょ。だったら、侵略者なんて、辞めればいいのよ」

「姫ちゃん・・・」

「そうでしょ。やりたくない仕事を、無理にやることないわ。この星の人間たちは、みんなそうしてるじゃない。だったら、麗子も辞めていいんじゃないかしら?」

「そんな簡単に言わないで。そんなことしたら・・・」

「心配ないチュン」

「そうニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 三人の家来が私に微笑みかけた。

「姐さんのことは、吾輩たちが、守るチュン」

「きっと、大王様も助けてくれるニャン」

「ゲロゲ~ロ」

「麗子、あたしたちは、今まで、ずっとお前の世話になった。イッチーと出会ったのも、麗子がいたからだ。あたしたちは、お前に感謝してるのよ。焼鳥屋にラーメンにコーラ、この星のことは、全部、お前の受け売りだ。おまけに、パパと仲直りもできた。今度は、あたしたちが、お前を助ける番よ」

 彼女は、そう言って、私の目をまっすぐ見た。私は、もう、涙を我慢できなかった。

頬に自然と涙が伝っているのが自分でもわかった。子供と思っていたけど、もう、立派な怪物王国の次期女王だ。人間の気持ちを理解してないのは、私の方だ。

「それに、一週間後は、あたしたちにとっても、大事な日になるのよ。それを邪魔されてたまるもんか。そうよね、お前たち」

「チュンチュン」

「ニャーニャー」

「ゲロゲ~ロ」

「みんな、ありがとう」

 私は、もう、立っていられなくて、顔を両手で覆って、その場に蹲ってしまった。

そんな私の肩に優しく手を置いて、先生が声をかけた。

「そうだよ。この子たちの言うとおりだ。その日は、ぼくにとっても大事な日だ。

それを侵略なんかに邪魔されて、黙っているわけにいかないよ」

「でも・・・」

「そんなことがあったら、せっかく、会いに来てくれた、怪物くんに申し訳ないじゃないか。ぼくは、どんな顔をして会えばいいんだい?」

 私は、顔を上げて先生を見た。先生は、優しそうに笑みを浮かべて、ハンカチで私の涙をぬぐってくれた。

「姫ちゃんは、麗子さんを守ると言ったけど、やっぱり、そう簡単にはいかないと思う」

「そんなことはない。あたしだって、怪物王国の・・・」

「まぁ、待ってくれ。ぼくの話を聞いてくれ」

 先生は、興奮している彼女を優しく制して、話を続けた。

「いいかい、これは、一方的な侵略なんだ。ぼくたち地球人が歯向かっても、勝てる相手じゃない。だから、この侵略を回避する方法を考えようじゃないか」

「回避ですか?」

「そうだよ。今は、それしかいい考えが思いつかないけど、それくらいしか、今のぼくたちにはできないからね。それには、キミが必要なんだ。やってくれるかい?」

 私は、黙って頷いていた。

「それじゃ、まずは、キミの星の人たちに、地球を侵略するのを待ってくれるように言うんだ。理由は、適当でいい。まだ早いとか、その時じゃないとか、何でもいい。まずは、説得してみるんだ」

「そんなこと・・・」

「できないというのか? それじゃ、あたしが代わりにやってやるわ。頭でっかちの石頭の頑固親父を説得したんだから、あたしにできないことはないはずよ」

 それは、いくら彼女でも、無理だろうと思う。

「わかった。やれるだけのことはやるわ」

 私は、そう言うしかなかった。もちろん、自信があるわけではない。

たかが、侵略要員の私の言葉など、聞き入れてくれるとは思えない。

聞く耳すら、持ってくれないかもしれない。イヤ、そうに決まっている。

「とにかく、やれるだけのことはやろう。キミの立場もある。今は、言う通りにしてみるといい。慌てなくてもいいさ。まだ、一週間あるんだ。少しは時間がある」

 私は、先生の言葉を信じることにした。一人の地球人の言うことを信じるなんて、

もはや、侵略宇宙人として、失格もいいところだ。

だからと言って、何もしないのもよくない。やるだけのことはやる。

そして、この地球を侵略者の魔の手から守る。それが、今の私の仕事だ。

そう思うと、吹っ切れたような気がして、もう、泣いてなんていられなかった。

 そして、市川先生と私たちで、ある作戦を立てた。

彼女と家来たちは、予定通り大王様をこの世界に招待する。

説得が失敗して、侵略攻撃が始まった時は、私のすべての能力を使って阻止する。

例え、この命が燃え尽きようとも、地球を・・・というより、ここにいる人たちを守らなきゃいけない。

私は、そう決めていた。ただし、それは、最悪の事態の時だ。

その前に、彼女たちと、怪物王国の力を借りることも、想定していた。

 まずは、私の出番だ。私は、初めて、みんなを自分のウチに招いた。

「ここが、麗子さんの部屋ですか」

「見事に、何もないわね」

 ガランとした、まるで生活感がない部屋。それが、私の部屋だった。

侵略者に必要なものは、本星と連絡を取るためのコンピュータだけで十分だった。

家具や電気製品は、何もない。あるのは、寝るためのベッドだけだ。

「これが、地球人の女の部屋とは、思えないわね。あたしの部屋のが、もっと、女の子っぽいわよ」

「うるさいわね。そんなの、私の勝手でしょ」

 彼女のツッコミに、私は、こういって返した。

「チュンチュン。それでこそ、姐さんチュン」

「うんうん、やっと、いつもの姐さんに戻ったニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 三人の家来たちは、褒めているのかよくわからない感想を言った。

「とにかく、これを見て」

 私は、押入れを開けて、コンピュータを見せた。

「ほぉ~、これは、すごい」

「イッチーは、わかるのか?」

「イヤ、全然。まったく、わからん」

「地球人には、わからないわよ」

 私は、そう言って、いつもの手順で、コンピュータを起動させた。

「ちょっと静かにしててね」

 私は、そう言って、マイクのスイッチを入れた。ランプがついたら、通信可能な状態になる。

と言っても、通信の内容は、この国の言葉ではない。私の星の言葉で話すので、

傍で聞いている先生たちには、意味は分からない。

 私は、マゼロン星の言葉で今の状況を詳しく説明した。

わかってほしいとは思わない。私のようなたかが一人の侵略者の話など、聞く耳を持っているほどマゼロン星人は、心は広くない。侵略すると決めたら、決して、翻すようなことはしない。

 それでも、私は、何度も何度も地球侵略について、延期か諦めることを繰り返し言った。

中でも、私が強く言いたかったこと。それは、宇宙人が思っているほど、地球人は、愚かではない。

しかし、知らないうちに、自分で自分の首を絞めていることは、気が付いていない。

そして、もう一つ。それは、地球人は、お互いに我々が思うほど、信頼をしていないということだ。

地球人同士、人間同士、同じ種族なのに、宇宙人が思っているほど、お互いを信頼していない。

 私が言いたかったことは、それだけだった。だから、遠からず、地球は、滅びる。

地球人同士で、憎み合い、殺し合い、人口が減っていく。それから侵略しても、決して遅くはない。

むしろ、私たちが手を下さなくても、勝手に滅びていく。今、急いで侵略する必要はない。

勝手に滅びていく人間たちを、私たちは、遠くから見ているだけでいい。

だから、それまで、侵略は待ってほしいと訴えた。

果たして、その返事は、保留だった。イエスともノーとも言わなかった。

何も返事をしないということは、限りなく私の訴えは、退かれたと思っていい。

やはり、私の力では、遠く及ばないことがわかった。

 通信を終えた私の表情を見て、先生たちは、心配そうに聞いてきた。

「どうだった?」

 先生の問いかけに、私は、首を左右に振るしかできなかった。

「そうかぁ・・・ やっぱり、ダメかぁ」

「でも、なにも返事がないってことは、可能性は、ゼロではないかもしれないし・・・」

「フン、気休めを言うな。それじゃ、次は、あたしの出番ね」

 彼女は、腰に手を当てて、大きく胸を張って言った。いったい、何をするつもりなのか?

「どうするつもり?」

「パパの力を借りる。それだけじゃない、怪物王国の国民全員の力も借りる」

「そんな・・・」

「それくらいしないと、負けるんだろ?」

 彼女の一言には、私は、返事ができなかった。

「まぁ、くよくよするな。もしもの場合は、あたしが何とかしてやる」

「姫ちゃん」

「宇宙人のお前にできないなら、今度は、あたしがやってやる。だって、あたしは、怪物王国のお姫様よ」

「いよっ! お嬢、カッコいいチュン」

「さすが、姫だニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 やっぱり、彼女たちは、頼りにならないかもしれない。楽しんでいるだけのように見えて、私の目には、限りなく不安にしか映らなかった。

「まぁまぁ、麗子さんも元気を出して。まだ、決まったわけじゃないんだから」

 先生は、そう言って、元気づけてくれたけど、私の気持ちは、まったく晴れなかった。

結局、この日は、これで解散ということになって、彼女たちと先生は、帰って行った。

一人になった私は、ベッドにくるまって、明日からのことを考えた。

でも、結論は出ない。この一週間を、私は、どうやって過ごせばいいのか・・・


 結局、答えが出ないまま、私は、運命の一週間を過ごすことになった。

昼間は編集作業に、市川先生の原稿チェックや小鳥の病院の先生のインタビューを撮ったり、地球侵略のことなど、忘れるように仕事に集中した。

先生や彼女たちも、私に気遣って、肝心なことは、口にしようとしない。

それが、私には、少し重荷に感じたが、進展がないのでは、話のしようがない。

毎晩のように、返事が欲しくて、本星に通信しているが、何も言ってはくれなかった。

 そんな日が、一日、二日と過ぎていった。私は、自分の立場を忘れたように、仕事に没頭した。

小鳥の病院のインタビュー記事もまとまり、写真もいいのが撮れた。

病院に通っている、飼い主さんたちの協力もあって、インコや文鳥などの写真も撮れ、飼い主さんの話も聞くことができた。この本は、単なる、小鳥の飼い方の本ではなく、小鳥と暮らす楽しさを、もっとたくさんの人に知ってもらうこと。

インコや文鳥の可愛さ。いっしょに暮らすようになってから、飼い主さんが変わったことや感じたこと。

犬や猫などにはない、小鳥との楽しい生活を、前面に出しながら、ケガや病気のことや注意することなども、先生に解説してもらうようにした。

出来るだけわかりやすく、写真を多めにとって、小鳥の可愛さを目で見てわかりやすくした。

「いいんじゃないか。こんな感じで、やってくれたら、これから飼いたいと思っている人には、いいかもしれんな」

「ありがとうございます」

 編集長に、珍しく褒められて、私はうれしかった。小鳥の病院の先生のインタビューの中で言った一言が私の中では、強く心に引き込まれた。

『人は、生きていると、苦しいこと、悲しいこと、悩みもあるだろう。

だけど、そんなときに、癒してくれるのは、小鳥たちなんだよ。小鳥たちの声を聞くと、なぜか知らないが気持ちが安らいでくるって言うんだ。不思議だろ』

そんな言葉を聞いて、私も何か小鳥が飼いたくなってきた。

今の私に一番必要なのは、心を癒すということかもしれない。


 

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