Tale.25『労いの場』

「お任せセットですね」

「は、はい。それでお願いします」


 ルチアが伝票へ几帳面にメモして告げると、キールとステラは困惑しつつ頷いた。


「ご注文承りました。ヒスイさん! お任せセット2つです!」


 厨房の方から顔を出していたヒスイは、笑顔のルチアに了解と手を振ってみせる。


 お任せセットは、要するにシェフであるヒスイの気まぐれメニュー。

 ふたりは異世界の料理を食べたことがないだろうし、色々と作ってみるとしよう。


 と、厨房へ入ろうとしたその時、またしてもヒスイ亭の扉が開かれた。


「え……?」


 まさかとは思いつつヒスイはホールへ出てくる。


「アイシャ?」

「にゃっ!?」


 ひっそりと、扉に隠れるようにしていた彼女は名前を呼ばれて飛び上がる。可愛らしい尻尾は丸見えだった。


「何かご用でしょうか?」


 ルチアがすぐさま出迎えるが、それはキールたちの時と少し違って、わずかな警戒心を持っているのを窺わせる振る舞いだった。


「あ、その、にゃ、にゃんと言うか……えと……」


 バツが悪そうに姿を現したアイシャは、珍しくモジモジとした態度で俯いて、猫耳を萎れさせる。空気を吐くような小さな声量で、もにょもにょしていた。


「え……と……」


 しかし最後には、ヒスイとルチアを見つめ直した。


「この前は、すまなかったのにゃ! 私のチカラが及ばないばっかりにオマエたちまで危険に晒してしまったのにゃ……!」


 そう言って、直角に頭を下げる。


「みんなを助けるのは戦える私の仕事にゃのに、でも、レンたちの居場所を把握できてなくて……私じゃきっと間に合わなかった……。だから、本当にありがとうなのにゃあ……!」


 ヒスイと同年代のアイシャはもう、立派な大人と言える年齢だ。だからこそ、彼女には責任があった。有事の際に村人を助けるのは戦闘能力のある自分の仕事であり、使命。この村で育った彼女自身が、それを望んでいた。


「頭を上げてください、アイシャさん」


 ルチアは鈴の鳴るような優しい声音で、手を差し伸べる。


「私もヒスイさんも、当然のことをしたまでです。同じ村に住む、仲間なのですから」


「に、にゃあ……」


「アイシャさんが率先して動いてくれたからこそ、私たちは空き地に向かうことができました。それにレンやライ、ジェム、ステラさん、キールさんも、みんなが頑張りました。みんなで村を救ったんです。だから、アイシャさんも胸を張ってくださいな」


「にゃぁぁぁぁあ…………ありがとう。ありがとうなのにゃ……」


 アイシャはその場に崩れ落ちるように座り込んで、わんわんと泣いた。


 その後、目を真っ赤に腫らした彼女はヒスイの前へとやってくる。


「ちょっと、こっち来るにゃあ」

「え?」


 アイシャは両手でヒスイを引き寄せると、その頭を胸の中へ柔らかく抱え込んだ。


「な、なに? なんなんだ!?」


 フガフガと、息が苦しい。しかし同時に女の子の甘い香りがした。


 直後、頭を優しく撫でられる。


「よわっちいくせに、よくやったにゃ。ちょっとだけ、見直してやる。ありがとうにゃ、ヒスイ」


「アイシャ……」


 それは普段のキツい言葉の数々とは違って、心地よく胸を温めるかのようだった。

 幼い頃からよく知る彼女に、ようやく少しでも自分のことを認められたような気がして、目頭が熱くなる。


 しかしそれも、ほんの一瞬のこと。


「な、何してるんですか! アイシャさん!」


 ルチアが金髪を振り乱して駆け寄って来る。


「離れて! 今すぐヒスイさんから離れてください〜!」


「言われなくてもすぐ離れるにゃ〜ん」


 アイシャはパッとヒスイを解放すると、ルチアの方へと放り投げるように押し付ける。


「うわっ!?」

「ヒスイさん!? 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫大丈夫。問題ないよ……」


 今度はルチアの身体に抱きしめられて、むしろ幸せな気分だった。

 その光景を見ながら、アイシャは悪戯な笑みを浮かべてちろっと舌を出す。


「村のヒーローにちょ〜っとご褒美あげただけなのに、まったくルチアは大袈裟なのにゃん♪」


 すっかりいつもの調子に戻った彼女は、楽しそうに笑っていた。


 それからアイシャも含めて、ヒスイ亭の料理を披露することになった。


「ま、マジで食べるのかにゃ……? これを……?」

 

 大皿に盛って提供されたホーンラビットの唐揚げを前に、アイシャは怖気付いたように声を漏らす。キールとステラも同様に、未知の料理に冷や汗を流していた。


「アイシャ姉ちゃんたち食べねぇのか? じゃあオレがもーらいっと! ん〜、やっぱうめ〜!」

「あ、レンばっかりずる〜い! ワタシも!」

「ボ、ボクも食べていいのかな……!?」


 視線を送ってきたジェムに頷いて見せると、子どもたちは3人揃って唐揚げを貪るように食べ始めた。


「み、みんなすごく美味しそうに食べてるね……キール……」

「そ、そうだな。ステラ……」

「食べちゃう?」

「お、おう……!」


 2人は恐る恐る手を伸ばす。


「こ、子どもたちにばっかり得体の知れないモノを食べさせるわけにはいかないにゃあ……!! わ、私も食べる……!!」


 ついには周囲の空気に呑まれたアイシャまでもが唐揚げを手に取る。


 そして3人同時にかぶり付いた。


「「「………………っ!!!」」」


 ハフハフと熱い肉汁を纏った唐揚げを飲み込んで、叫ぶ。


「「「うっま〜〜い!!!」」」


 初めてのお客たちはまるで子どものように瞳を輝かせて、ヒスイの料理を食べてくれた。


「……どうかしましたか?」


 みんなが笑顔で食事する姿を一歩引いた位置から眺めていると、隣にやってきたルチアが上目遣いを寄せて聞いてくる。


「ううん、なんでもない」


 ヒスイは慌てて、目元に溜まってきていた熱いものを拭った。


「……ルチアのおかげかな」

「ヒスイさんの料理があってこそ、ですよ」

「そうかな。そうだと、いいな」


 その日は結局、遅ればせながらのささやかなパーティーとなった。ゴブリンとの戦いを乗り越えた8人の間には、わずかだが絆のようなものが芽生えたのかもしれない。

 

 みんなが楽しそうに笑顔で、ヒスイも心から笑うことができた。

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NTRで強くなる勇者の寝取り役になった俺、勇者LOVEの聖女様を純愛堕ちさせてしまった件。 ゆきゆめ @mochizuki_3314

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