サージェント、モネを訪ねる

サージェント(1856-1925)は1884年、28歳の時、パリのサロンに「マダムX」を出品して、バッシングの嵐に遭いました。

https://kakuyomu.jp/users/sepstar/news/16817330665590099298


理由は絵が卑猥だというのですが、描かれている女性は黒いロングドレスを着ており、サロンではもっと刺激的な絵が大賞を受賞しています。

描かれている夫人の肩ひもが落ちているとか、肌の色が青すぎとか。でも、これが下品な絵なら、もっとたくさんの下品があるでしょうと言いたいところです。

今でいう大バッシングを受け、彼はパリを捨てて、ロンドンに移住することになります。


なぜそんなに攻撃されたのかというと、パリで愛国主義思想が燃え上がっているさなか、サージェントがアメリカ人(イタリア生まれ)で、モデルのゴートロー夫人もアメリカ人で、それにこの夫人は金持ちの銀行家の妻で、社交界の花。

その美貌ゆえ、周囲に集まってくる男性も多く、サージェントもパーティで彼女を一目見て魅了され、人を通して頼みこみもモデルになってもらったのでした。だから、ひがみや憎しみがあったのでしょうね。


ロンドンに行く前に、サージェントはジヴェルニーに住むモネを訪ねたました。モネはサージェントより16歳年上ですが、サージェントは18歳でパリに来ましたので、長い付き合いがありました。


それについての文章はないのですが、その時にサージェントが描いた「Edge of a Wood(林の端で)という1枚の絵が残っています。

https://kakuyomu.jp/users/sepstar/news/16817330665604223357


林の外れのようなところで帽子をかぶり青いスモッグを着たモネが、背の低いイーゼルのキャンバスに向かって、椅子に座りながら畑の景色を描いています。近くに白いドレスの女性が座っていて、本を読んでいるのかしら。

サージェントは少し離れたところにいて、そのふたりを描いています。

その時、モネはサージェントにどんなアドバイスをしたのでしょうか。


「ジョン、きみが絵を上手に描ける人だということは、誰でも知っている。でも、王室貴族だけが絵を楽しんでいた時代なら、それでよかったのだと思う。しかし、ぼくらにとっては、絵は人生だよ。戦いだよ。

絵の中に、人生、思想、感性が描かれていなければならないんだ。そして、何より一番大事なのは色と個性だよ。

きみはあの夫人を通して、いったい何を描こうとしたんだい。

ウエストの細い魅力的な女性を見かけて、懇願してモデルになってもらい、美しく描いた。

しかし、それなら、まるで一昔前の肖像画と同じじゃないか。

あの絵からは、夫人がどんな人で、どんなことを考え、どんな哀しみを抱えているとか、全く見えてこない。

きみはアメリカ人だから知らないかもしれないけど、フランスの庶民がどんなに苦労をして今の自由を勝ち取ってきいたのか知っているかい。知っていたら、あそこに戻ろうとはしないはずだ。

大切なのは創造性だよ。

きみという個性が産み出す創造性だよ」

こう言ったのではないでしょうか。


サージェントはロンドンに移り、ある夕方に見た光景をヒントにして描いた「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」を描き、ロイヤルアカデミー〈王立芸術院〉に

を出品しました。

これはテート・ギャラリーのお買い上げになり、今でもテートに飾られて人気を集めています。


それまでのサージェントの絵と、「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」は比べると、いろいろな違いが見つかります。


1)戸外で描いている

(2)明るい色彩

(3)黒を使っていない

(4)光の表現 (光を大切にしたので、1日に描ける時間が限られていたそうです)

など、モネから学んだと思われるところが見られます。


「林の端で」という絵もテートの所蔵ですが、私がニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れた時には、運よく貸与されて展示されていました。現在も、メトロポリタンに展示されているようです。

そこに書いてあった説明に、

「サージェントは水彩スケッチは、たいていは友達にあげていた。それは当時の習慣だっだった。しかし、この一枚だけは死ぬまでそばに置いてあった」と書いてありました。

それを読んだ時、やっぱりそうなのだとサージェントをとても愛しく思いました。

モネのそばで描いたこの1枚が、彼にとってはどんなに大切なものだったのでしょうね。


それから「Edge of a Wood」というタイトルですが、「Edge」というのは「崖っぷち」という意味もあり、その時のサージェントの追い詰められていた心境と重なっているようにも思えます。




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