第10話 帝国皇女はトラウマと遭遇する






「アシュリー殿下、このまま帝国に帰還します」


「な、何を――」


「20万いた帝国軍はわずか数日で甚大な被害を被りました。継戦は不可能です」


「ぐっ、ぬぬぬぬ!!」



 竜巻から命からがら逃げ延びたアオイは、未だに力を使い果たして動けないアシュリーに今後の戦争の話をしていた。



「王国軍は王都を守る本隊が10万、こちらがまともに戦える戦力は2万が良いところでしょう」


「て、帝国軍の兵士たちは一人一人が一騎当千の強者たちだ。たかが五倍の戦力差など……」


「地の利が向こうにあります。いくら王国の守護神、前王ルドルフが亡くなったとはいえ、あちらにはドナパルト・フランクがいます。その強者たちを無駄死にさせるつもりですか?」


「む、むぅ、分かった。撤退を許可する。しかし、来年また攻めるぞ!!」


「はあ。ハイハイ、そうですね」



 アシュリーの許可を得たアオイが帝国軍を撤退させるべく指示を出す。


 しかし、ここでトラブルが発生した。



「ほ、報告です!! こ、国境付近に巨大な地割れが発生!! 我々は退路を失いました!!」


「な、なんですって!?」


「そ、それと、その、これはまだ確認が取れていないのですが……」



 退路の確保を行うために偵察を行っていた小隊の隊長が顔色を悪くする。



「どうしたの? 追加の報告があるなら早く言いなさい」


「は、はっ!! その、遠見の魔法が得意な魔導師に周辺の地形を確認させたのですが、地割れがどこまでも続いているようで」


「どこまでも? それはどういう?」


「……お、王国全体です。王国そのものを囲むように地割れが生じているそうです」


「は?」



 アオイが絶句する。



「な、何を馬鹿なことを。それでは、我々は退路を完全に失ったと?」


「はっ。僭越ながら、その通りです」



 言葉を失うアオイの横隣で、アシュリーが隣でくつくつと不敵に笑う。



「これでは撤退もクソも無いな、アオイよ」


「アシュリー殿下!! 笑っている場合ではないのですよ!! 祖国からの援軍も期待できない今、このことを王国が知ったら、我々はどうしようもありません!!」


『はわわわわ!! やっぱり神霊様が怒らせちゃったんだよぉ!!』



 カイゼリン王国は陸の孤島と化した。


 それは、土の神霊ソイが風の神霊ウィンに頼まれて行ったものだった。


 アシュリーに自分の竜巻を斬られたことが悔しかったのか、国の外へ逃がさないよう、巨大な檻を作ってもらったのである。


 その地割れは帝国軍はおろか、王国の人間でさえも国から逃げられなくするものだったが……。


 それは今のアシュリーたちに関係の無いこと。


 完全に孤立した今、援軍も期待できないことに絶望してもおかしくない状況でアシュリーは尚も不敵に嗤った。



「前進するぞ」


「「……は?」」


「二度も言わせるな。退路がないなら前進する。全速力で王都へ進撃し、王の首を獲る。王国は瓦解し、我々の勝利だ。簡単な話であろう?」



 自信満々に胸を張って言うアシュリーの言葉は本気だった。


 そして、何故か彼女がそれを口にすると途端に可能なように思えてくる。


 圧倒的なカリスマ。


 不可能を可能にしてしまう、凶悪なまでの魅力が彼女にはあった。


 アオイが溜め息を零す。



「はあ。実際、それが一番生存率が高いでしょうね。分かりました。先遣隊を編成して――」


「つまらぬことを言うな。全軍だ」


「は?」


「全軍で、全速前進で王都へ進撃する。私が直接指揮を取ろう。道中にある王国の砦は全て無視だ。竜巻も何もかも無視して進む」



 アシュリーは再び馬に跨がって、王都まで進撃を開始した。


 馬の足を一度も止めず。


 本来ならば数週間かけて行軍するところを、わずか三日で済ませてしまった。


 砦を無視したことで追いかけてきた王国軍にはその都度、少ない兵士を残して自らはただ前へ前へと進みまくる。


 後の歴史書で『三日侵攻』と呼ばれる超電撃作戦である。



「くっくっくっ、ふはははははははッ!! 王都が見えたぞ!! 奴らめ、王都を囲う壁の前で隊列を整えておるわ!!」


「笑い事ですか!! 一度止まって作戦を――」


「不要!! ただ殺せ!! 王国の兵は皆殺しだ!! 命乞いする敵の口には剣を突き立てろ!! 逃げる敵のケツには槍をぶっ刺せ!! 我らは帝国軍!! 勝利の軍!! 進めぇええええええええ!!!!」



 2万いたはずの帝国軍は、ここに至るまでの強行軍によって1000人にも満たない。


 しかし、帝国軍の士気は信じられないことに最高潮へ達していた。

 彼らは三日間も眠らず進み続けたのだ。


 故にとてもハイテンションである。


 あの「今なら何でも出来そう」という根拠不明の自信が湧いてくるのだ。


 王都手前の平野で隊列を整えていた王国軍が弓を引く。

 矢の雨が寡兵となった帝国軍に降り注ぎ、また数を減らす。


 帝国軍はわずか500人となってしまった。



「倒れた者に構うな!! 仲間を助ける暇があるなら敵を殺せ!! 武器が壊れたら殺した敵から奪ってまた敵を殺せ!!」


「くっ、アシュリー殿下!! 兵たちが限界です!! 三日間飲まず食わずなんですよ!!」


「そうか!! なら良いことを考えたぞ!!」



 アシュリーは王国軍に単身で突っ込み、王国兵をまとめて斬り捨てる。


 そして、その血を啜り、肉を噛み千切った。



「喉は敵の血で潤せ!! 腹は敵の肉で満たせ!! そうすればずっと戦える!!」


「もう目茶苦茶だあああああああああッ!!!!」



 絶叫しながらも敵を斬り捨てるアオイ。


 それを二人のトップを見習って、帝国兵たちは王国を殺してはその血肉を啜る。


 まさに蛮族という言葉がピッタリだった。


 その異様な光景はあまりにも恐ろしく、王国兵たちの士気が下がる。



「帝国万歳!! 敵を殺せぇえええッ!!!!」


「あひゃひゃ、血がうめぇ!! 血がうめぇ!!」


「あははははっ!! もう笑うしかねーな!! あはははっ!!」



 狂ったように戦う帝国兵は、まるで悪魔のようだった。


 王国軍10万を相手に善戦する帝国軍500。



「鮮血姫だ!!」


「か、囲めっ!! 数で押せ!!」


「ひ、ひい!! 化け物だあ!!」


「弱い弱い!! 王国はこの程度か!! つまらん、つまらんぞ!! ふははははははははっ!!」



 戦場で場違いな高笑いをするアシュリー。


 しかし、終わりの訪れは突然だった。



「ぐっ!!」


「や、やった、矢が肩に当たったぞ!!」


「今だ!! 鮮血姫を殺せ!!」



 王国兵の放った矢が偶然アシュリーの肩に当たり、その勢いが止まった。



「アシュリー殿下!! くっ、お前たち!! 殿下を守れ!!」


「おい、アオイ!! 勝手な真似を――」


「黙ってろキチガイ!! 私の役目はお前を生かすことなんだよ!!」


「なっ、だ、誰がキチガイだ!!」



 普段は落ち着いているアオイがマジギレしたことでアシュリーが動揺する。



「私と殿下は離脱する!! 栄華を極めしエルドランド帝国の兵たちよ!! 殿下のためにここで死ね!! 殿下が生きている限り、我々に敗北はない!! つまり、お前たちの死は意味ある死だ!! だから死ね!!」


「「「「イエッサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」」



 士気が限界を越え、帝国兵は二百倍の兵力差を覆す程の壮絶な戦いを見せた。

 アオイがアシュリーを抱えて馬に跨がり、そのまま戦線を離脱する。



「くっ、は、離せ!! 兵たちがまだ戦っているのだぞ!!」


「無策で突っ込むからこうなるのです!! ただでさえ行軍中に竜巻が襲ってきて大変だったのに!!」


「ええい、うるさいうるさい!! 私は前線に戻る!! 逃げるならお前だけで――」


「いい加減に大人しくしろボケカス!!」


「ぼ!? 不敬!! 不敬であるぞ、アオイ!!」



 戦場から離れ、かなりの距離を移動したアオイとアシュリー。


 しかし、流石に馬が限界だったらしく、街道を進む途中でドサリと倒れてしまった。



「くっ、馬はもう使えませんね」


「うぐっ、な、なんだか急に矢が刺さったところが痛くなってきた」


「アドレナリンが切れたんですよ。すぐに手当てしますから、じっとしていてください」


「あど……? 良く分からんが、頼む」


「はい」



 その時だった。



「あれ、人だ。って怪我してる!? 大丈夫!?」


「なっ、き、貴様は……ッ!!」


「ん?」



 アシュリーはトラウマと遭遇してしまうのであった。





――――――――――――――――――――――

あとがき


 時は少し遡り。


エ「なんか遠くの方が騒がしいね。それにしてもここはどこなんだろ? あれ、人だ。って怪我してる!? 大丈夫!?」


神霊ズ『『『あ……』』』


 肩に矢を受けた少女とその手当てをしている女の子に遭遇するエドワードであった。



「ここで遭遇するのか!!」「これどうなるんだ?」「続きが気になる!!」と思った方は感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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