第9話 帝国皇女は竜巻を斬る






 エルドランド帝国第一皇女、アシュリーはおよそ20万の軍隊を率いて王国の国境を越えた。


 そして、国境にある王国のザーレ砦は帝国軍の猛攻に耐えられないと判断し、兵の助命を条件に全面降伏するものの……。


 アシュリーは条件を無視して兵士を全員皆殺しにした。



「よろしかったのですか、皇女殿下」


「ん? 何がだ?」



 アシュリーに意見しているのは、今回の王国遠征軍のナンバー2、参謀のアオイ・マリーン。


 真っ赤に燃え盛る炎を思わせるアシュリーの髪と瞳に対し、アオイは清らかな水を思わせる淡い水色の髪と瞳の少女だった。


 エルドランド帝国は完全実力主義。


 地位に年齢や性別、出身は関係なく、その純粋な才能を以って全てが決まる。


 まだ幼いアオイが帝国軍のナンバー2に収まっているということは、彼女がそれだけ優秀な証明だった。


 故にアシュリーも、アオイの意見に怒ることなく冷静に答える。



「王国の兵を皆殺しにしたことです。正直、私は奴隷として帝国のために働かせた方が得だと思ったのですが」


「ふん」



 アオイの進言に対して、アシュリーは不快そうに鼻を鳴らした。



「降伏した腰抜けの兵など要らぬわ。私の好みは知っているだろう?」


「……最後まで降伏せず、戦う者、ですか」


「そうだ。そういう兵士は生かして逃がせ。また戦えるからな」


「やはり殿下は生粋のウォーモンガー、ですね。私には理解できません」



 戦争大好きっ娘なアシュリーにアオイは呆れを隠せずに溜め息を零す。


 アオイは一つ咳払いをすると、報告を始めた。



「当初の予定通り、王国の国境付近にある村々は全て焼きました。住民も皆殺しにして、王都の前まで運ばせます」


「うむ。連中を挑発して、王国軍が出てきたところを私が直々に叩く」


「……殿下は帝国軍の大将ですよ? 指揮官が討たれたら軍隊なんて烏合の衆。やはり最後の部分だけ変更しませんか?」


「バカを言うな。前線に行かねば強者と戦えんではないか。知っているか? 王国騎士団の団長は熊のような男らしい。是非とも私の剣の錆にしてやりたいな」



 アオイが再び溜め息を零す。


 伝令の兵士がやって来たのは、その時だった。何やら慌てている様子で、その顔には困惑と動揺が見られる。



「ほ、報告です!!」


「どうした?」


「王都へ向けて行軍中の第一部隊が、突如発生した竜巻で壊滅的被害を受けました!!」


「な、なんだと!?」



 アオイが動揺する。


 ここに来てまさかの自然災害。


 このところ王国では頻発していると暗部が集めた情報で知っていたが、まさかピンポイントで帝国軍に直撃するとは思っていなかったのだ。



「アシュリー殿下、どうなさいますか?」


「おい、竜巻はどこにある?」


「え?」


「いいから答えよ。竜巻はどこだ?」


「え、ええと、ここから15km程のところですが……」


「そうか、分かった」



 アシュリーが立ち上がり、外に出て馬に跨がる。



「あ、あの、アシュリー殿下? どちらに?」


「私は今まで竜巻と戦ったことがない」


「「……は?」」



 アオイも伝令の兵士も、目を丸くした。



「アオイよ。私は何者だ?」


「え? エルドランド帝国第一皇女であり、帝国陸軍大将ですが……」


「そうだ。つまり、私は最強。しかし、竜巻如きに勝てぬ者が最強と呼べるのか?」


「お、仰っている意味が分かりません」


「竜巻より私が強いことを証明してくる。くっくっくっ、大自然と戦うシチュエーション、実は一度やってみたかったのだ」


「は!? ちょ!!」



 なんか意味分からんことを言い始めたアシュリーがそのまま馬を蹴り、駆け出す。


 アオイは慌てて自身の馬に跨がり、複数の兵士を連れてアシュリーを追う。


 やがて辿り着いたのは平原だった。



「おお!! これは凄まじいな!! 精強な我が帝国陸軍が飛ばされて挙げ句に頭から落ちて死んでいるぞ!!」


「当たり前でしょう!! って、竜巻がこっちに向かってきてる!?」


「くっくっくっ、よい!! よいぞ!! このアシュリー・ヴァン・エルドランドが正面から迎え討ってやる!!」


「ちょ、こんの馬鹿!! 何してんの!? 台風に剣なんか向けたって意味ないでしょ!?」



 アオイの必死の叫びを無視して、アシュリーは瞳を閉じた。



「声よ、我が剣に力を!!」


『や、やだよぉ。だってあれ、神霊様の御業だよ? 僕よりずっと遥かに高位の存在が起こしてる現象だよ? それを攻撃なんてしたら……』


「しんれい? よく分からんが、つまりそれを殺せば私はその高位の存在以上の存在ということになるな!! やるぞ、声!!」



 アシュリーには精霊術師の素養があった。


 しかし、精霊の力の使い方を全く理解していない。

 そもそも自分に語りかけてくる存在を精霊とも思っていない。


 だから精霊のことを『声』と呼ぶ。


 アシュリーには精霊の姿を知覚する程の才覚は無かったが、その『声』の力を適切に扱う野性的な勘に優れていた。



『うぅ、僕は悪くない、僕は悪くない!!』


「そうだ!! もっとだ!! もっと私の剣に風を纏わせろ!!」



 アシュリーと契約している風の精霊が涙目になりながら、彼女の剣に風をまとわせた。


 しかし、それでも竜巻を斬るに至る出力はない。


 そもそも精霊と神霊では、文字通り存在としての格が違うのだ。

 何をどうやっても、勝てない。


 はず、なのだが。



「ふんっ!!!!」



 剣を一閃。


 何の技も捻りも無く、ただ闇雲に剣を振るっただけに見えるだろう。


 しかし、大気が震えた。


 ただの一振り、されどその一振りは音速を優に越えて大地ごと抉り飛ばしてしまう。


 そして、その一撃は目の前の竜巻を掻き消した。



「「「「んなばっな!!(意味:そんな馬鹿な!!)」」」」


「くっくっくっ、ふはははははははッ!!!! やはり私が最強だ!!」



 アシュリー・ヴァン・エルドランド。


 彼女の強さは、その単純な身体能力にある。


 齢六歳で岩を素手で砕いた彼女は、今や純粋な肉体スペックでは人間を遥かに凌駕する化け物なのだ。



『なになに!? 凄い!! ビックリした!!』


『むぅ~!! ぼくの風を消しちゃうなんてひどい!! ぼく怒った!!』


『あはは!! やっちゃえやっちゃえ!!』


『全部ふっ飛ばしちゃえ!!』


『わはははははっ!!!!』



 風の神霊ウィンが竜巻を幾つも起こす。


 その数、なんと数十。



『うわあああ!! やっぱり神霊様を怒らせちゃったあ!!』


「ででででで殿下!! も、もう一度、もう一度今のをやってください!! いえ、あと何十回かやってください!!」


「……ぬ」


「え?」



 突然の竜巻の出現に焦ったアオイが、アシュリーに縋るような思いで頼み込む。


 彼女に付いてきた帝国軍の兵士たちも動揺だ。


 そんな彼女らに対し、アシュリーはやり切ったような実に清々しい表情で一言。



「すまぬ。力を使い切った。動けんから私も運んでくれ」


「た、退避ィ――ッ!!!! 全力でザーレ砦まで戻れェ――ッ!!!!」



 アシュリー率いる部隊には奇跡的に被害は無かったものの、帝国軍は数十にも及ぶ竜巻によって壊滅的な被害を受けるのであった。



『ぜったいに逃がさないよ!! ソイ!!』


『んー? どうしたの?』



 帝国軍の災難は、まだまだ続くようだった。






――――――――――――――――――――――

あとがき



一方その頃。


え「風が気持ちいいなあ」


神霊ズ『『『やったー、エドが喜んでくれてるー!!』』』


 そう遠くないところで竜巻が起こっているのに、涼むエドワードであった。



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