第8話 王国騎士団長は王子の捜索を秘密裏に命じる




 王国軍の士気は最低だった。


 ただでさえ天変地異が各地で起こり、その原因も分かっていない上、エルドランド帝国との戦争が始まるのだ。


 兵士たちは訓練の合間に、内心に燻る不満を吐露して心の安定を図る。



「帝国の鮮血姫が相手か。怖いな」


「お前はまだ後方支援だからマシだろ。俺なんか最前線に行く予定だぞ」


「ったく、この大変な時期にどうして帝国と戦争なんかせにゃならんのだ」


「それもこれも、外交で開戦を避けられなかったユリウス王のせいだろ」


「しッ!! 馬鹿、王族の陰口は不敬罪だぞ」



 そんな兵士たちの有り様を見て、カイゼリン王国騎士団団長ことドナパルト・フランクは大きな溜め息を零す。


 背丈が2mを超える、熊のような大柄の男である。



「はあ〜。嫌だなあ、戦争とか。なんで戦わなくちゃいけないんだよ。嫌だよ、オレは人を殺すとか駄目なのに」


「王国最強が何を言ってるんですか」



 ドナパルトの愚痴を一蹴したのは、赤縁の眼鏡をかけたうら若い女性だった。


 彼女の名前はアリス・レイベル。


 王国騎士団のナンバー2であり、物の勘定が苦手なドナパルトを補佐している貴族出身の女性である。



「アリスぅ、オレの代わりに騎士団長やってくれよお。オレは田舎で野菜作ってる方が性に合ってるんだよお」


「もう戦争は始まっているのです。帝国軍は宣戦布告後、すぐに国境を越えて付近の村々を焼きながら王都に真っ直ぐ進軍しています。先遣隊が籠城や遅滞戦闘で時間を稼いでいますが、すぐに応援を向かわせねば全滅してしまうでしょう」


「わ、分かってるけどよお」


「……はあ。そんなんだから騎士団全体の士気が低下してしまうのです。シャンとしなさい、シャンと」


「うぅ、ルドルフ王が生きてたら――」


「ドナパルト」



 ドナパルトが言い終わる前に、彼の言葉をアリスが遮った。


 ビクッと身体を震わせるドナパルト。



「ドナパルト、今の国王はユリウス陛下です。それ以上の発言は王国に忠誠を誓う者として看過できません。おやめなさい。これは友としての忠告です」


「は、はい、すみません」


「……はあ。まあ、言いたいことは分かるわ。ユリウス王は前王と比べて武芸に秀でているとは言い難いもの」


「えぇ、オレよりハッキリ言ってるじゃん」



 ドナパルトが副官のド直球な悪口に戦々恐々とする。



「それにしても、分からないですね」


「何が?」


「帝国が急に攻めてきた理由です。今までずっと大人しくしてたのに、急に宣戦布告なんて」


「ルドルフ王……前王が亡くなったからじゃないのか?」


「前王陛下が病に伏せているのは周辺諸国も周知の事実だったでしょう? だったら陛下が亡くなった直後に攻めてくるはず」


「じゃあ、王国には前王陛下以外の脅威があって、それが最近になって無くなったと判断したとか?」


「……そうですね。前王陛下が亡くなる前後で何かあったかしら?」


「あー、エドワード王子が追放されてたなー」



 ドナパルトが思い出したように言う。


 それを、アリスは大きな溜め息と共に鼻で笑いながら反論した。



「あのですね、エドワード王子のどこが脅威なのですか。魔力値が0なんですよ? つまり、魔法が使えない。帝国がエドワード王子を脅威と見なす理由はなんですか」


「んー、言葉では言い表せないかも。エドワード王子というか、その周り?」


「周り? 側近という意味ですか? 彼は前王陛下の方針で臣下もいませんよ?」


「うーん、そうじゃなくて、こう、自然に愛されてる的な? エドワード王子の周りだけ空気が違うっていうか」



 ドナパルトは王国最強の騎士として、何度かエドワードに謁見したことがある。


 ドナパルトのエドワードに対する第一印象は「変わった子だなあ」だった。


 浮世離れしていると言えば聞こえは良いが、どこかボーッとして人の話を右から左に聞き流してそうな子。


 不思議くん、という言葉がピッタリだろう。



「何を言いたいのかさっぱりです」


「……」


「……ドナパルト団長?」



 ドナパルトが真剣な顔で何かを思案する。

 そして、アリスの瞳を真っ直ぐに見つめながらドナパルトは言った。



「アリス・レイベル。一つ、命令したいことがある」


「な、なんです、急に改まって?」


「エドワード王子を極秘裏に捜索してくれ」


「は、はあ? 何故エドワード王子を?」



 首を傾げるアリフに対し、ドナパルトは一言。



「勘」



 ただの勘。


 普通なら信頼に値しないものであり、如何に上司の命令でも聞き入れる必要は無い。


 ただし、それがドナパルトの勘だった場合は違う。

 ルドルフがまだ戦場でブイブイ言わせていた頃、彼の無茶な戦いに幼い頃から身を投じていたドナパルトの勘だ。


 ドナパルトの勘は、下手な占い師よりよく当たる。



「……分かりました、私の手の者を使ってエドワード王子の行方を捜索します」


「すまん、助かる。ああ、国王には気取られるなよ? バレたら処刑とかされかねん」


「分かってますよ。しかし、エドワード王子は国外追放。まずどの国に向かったのか調べなければなりませんね」


「多分だが、イナイ共和国じゃないか?」


「ああ、たしかにあそこなら他国の流民を受け入れますからね。可能性としては高いですか」



 アリスは即座に行動を開始する。


 しかし、アリスは知りもしなかった。


 探し人が極度の方向音痴であり、追放されてから未だ国内を彷徨っていることなど、知っているわけがなかった。









――――――――――――――――――――――

あとがき



一方その頃。


え「分かれ道……。右か左か。うーん、分かんないから間をとって真っ直ぐ行こう!!」


神霊ズ『『『なら道つくるねー』』』


エドワードの謎の決断力に、神霊ズは安全な道を彼の進行方向に作るのであった。



「国内にいるのに国外に探しに行くの草」「絶対に見つからん奴やん」「続きが気になる!!」と思った方は感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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