第7話 帝国皇女はトラウマを語る




「あ、あの、アシュリー様」


「む、どうした?」



 カイゼリン王国から祖国であるエルドランド帝国に帰る途中。

 帝国の第一皇女ことアシュリーに彼女の世話係である侍女ケレンが顔を真っ青にして話しかけてきた。



「そ、その、本当に戦争を仕掛けるのですか?」


「うむ、父上からは許可を貰っている。くっくっくっ、今回は楽に勝てるぞ」



 アシュリーは絶世の美少女だ。


 燃え盛るような真っ赤な髪と血を思わせる真紅の瞳は、周辺諸国はおろか身内からも『鮮血姫』の名で恐れられている。


 その美貌も相まって、彼女を次期皇帝にと推す者は少なくない。


 その彼女が妖艶に微笑む姿を見て、ケレンは思わずうっとりしてしまった。

 しかし、慌てた様子で首を振ってアシュリーの真意を問う。



「その、勝てるという根拠は?」


「……ここだけの話、私にはトラウマがあってな」


「え!? 鮮血姫にトラウマ!?」



 ケレンが自らの口を咄嗟に押さえ、アシュリーがけらけらと笑う。



「そうだ。おかしいだろう? 八歳で迎えた初陣では100人の敵兵を斬り殺したこの私にトラウマなど」


「は、はい。意外すぎてビックリです」



 アシュリーにはトラウマがある。


 それは数年前。

 カイゼリン王国と休戦条約を結ぶ際、カイゼリン城へ立ち入った時の出来事だ。



「庭に私と同じくらいの少年がいたのだ」


「少年、ですか? もしやユリウス王のことですか?」


「違う。あれは小物だ。自分を大物だと思っている小物。前王ルドルフは稀代の傑物だが、あれは凡愚だな」


「そ、そうですか。では、その少年というのは?」



 アシュリーが小声で呟く。



「第一王子エドワード」


「それって、たしか魔力値が0の……」


「ああ。王国の伝承によると、王国に災いを招く存在として知られている。私は彼がとても怖かった」


「何故です? 王国のエドワードと言えば、戦争にも出ず、政務にも参加せず、離宮で過ごしているだけの人物じゃないですか。とてもアシュリー様が怯えるような相手ではないと思いますが……」


「……勘、だな」



 当時のことを思い出して、アシュリーは身体をビクリと震わせた。



「庭で奴を見た時、異常な寒気がした。正確に言うと、怖いのは奴の周りにいた『何か』だな」


「え、それって怖い話です?」


「一応はな。戦場で感じ取ったどの死の気配とも毛色が異なるものだった。そうだな、理解できない存在とでも言おうか」



 アシュリーは窓から外の景色を見ながら、ケレンに内心を吐露する。


 あの日、あの時見たエドワードの周りには悍ましいと思える何かがたしかにいた。


 姿は見えないし、何も聞こえない。


 しかし、アシュリーの動物的までの直感が、本能的な危機を察知してみせた。



「あれはまずいと思ったよ。あれがいるうちは、絶対に王国へ手を出してはならないとな。王国と休戦条約を交わした翌日に侵攻作戦を練っていた父上を全力で止めたのは良い思い出だよ」


「アシュリー様にそこまで言わしめる脅威とは。って、あれ? でもエドワード王子ってたしか――」


「そうだ。あの愚王が第二王子だった頃、王家主催のパーティーで国外追放を言い渡したらしい。くっくっくっ、本当に愚かだな」



 王国の守護神とも呼ばれた前王ルドルフが崩御し、唯一の懸念であったエドワード王子も既に王国にはいない。


 ならば、戦争するしかない。


 エルドランド帝国は生粋の戦争国家だ。

 国民は幼い頃から剣の握り方を学び、敵の殺し方を親から教わる。


 いっそ蛮族とも呼べる国民性だが、その強さは周辺国家を遥かに凌駕していた。


 目の前に霜降り肉があって食らいつかない狼などいないように、帝国は常に闘争と血を求めているのだ。



「ようやくだ。ようやく目障りな王国を潰せる。この国を支配した後は、周辺諸国を全て帝国が飲み込める。その次は別の大陸を征服できる」


「……帝国が世界を統一してしまったらどこと戦争するのでしょうか?」


「くっくっくっ、決まっているだろう? 外の敵を殺した後は内側だ」



 ケレンはアシュリーの言葉の意味を理解して、ビクッと身震いした。


 すなわち、外に敵がいないなら内に敵を作って戦争すると言うのだ。

 生粋の帝国人であるケレンすらドン引く内容だった。



「わ、私はいつでもアシュリー様の味方ですよ!! 怖いので!!」


「恐怖による支配は効率がいいな。お前のような正直者が配下にいて私は嬉しいよ」



 アシュリーが不敵に嗤う。


 数日後、アシュリー率いるエルドランド帝国陸軍およそ20万が国境を越えてカイゼリン王国に侵攻を開始した。


 手始めと言わんばかりに国境付近の村々を焼き尽くし、王都へ向けて進撃する。


 その勢いは地方領主の私兵ごときでどうにかなるものではなく、国王たるユリウスには援軍を求める報告書が相次いだ。






――――――――――――――――――――――

あとがき



一方その頃。


え「ここどこだろう……。道が分かんない」


神霊ズ『『『ねー』』』


あまりの方向音痴っぷりを発揮するエドワードであった。



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