第6話 新しき王は隣国から宣戦布告される




「くっ、一体何がどうなってるんだ!!」



 ユリウスは執務室でドンと机を叩いた。


 その理由は、彼の手元にある各地方の領主から送られてきた報告書にある。



「農耕地帯で一ヶ月以上続く日照り、海辺では津波や高潮などの被害、山間部では地震による地盤沈下と土砂崩れ。これでは……これでは……ッ!!」



 農耕地帯での日照り。


 最初は数日も経てばいつかは雨が降るだろうと思っていたが、その予想は外れ、今でも農作物を枯らす勢いで太陽が大地を焼き続けている。


 水を撒く、農作物に日が当たらないよう布で覆うなどの対策を取っているが、時間の問題だった。


 また海辺では高潮や津波などの被害が増え続けており、漁師の多くが巻き込まれて亡くなる、あるいは船が流されるなどの被害が出ている。


 最後は地盤沈下だ。

 中には村ごと地盤沈下に巻き込まれてしまい、更に土砂崩れを起こして甚大な被害をもたらしている。



「早急に対策を練らねば……。しかし、自然災害をどうやって乗り切る? 王都へ民を避難させようにも、衣食住の支給には限界がある。そうなればスラムが形成され、治安が悪化してしまう。どうすれば……」


「ユリウス様。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」



 そう言ってユリウスの執務室に入ってきたのは、聖女ことシンシアだった。


 直前まで胃が痛そうな顔をしていたユリウスが、途端にぱあっと明るい表情になる。



「む、シンシアか。どうかしたかい?」


「いえ、特に用は無いのですが……。お疲れかと思いまして、お茶を用意しました」


「ああ、助かるよ。ちょうど喉が渇いていた」



 シンシアの用意した紅茶をカップに注いで、ユリウスは一息吐く。



「美味しいよ、シンシア。お陰で少し落ち着いた」


「いえ、お役に立てたなら嬉しいです」


「……」



 ユリウスが花のように笑うシンシアを見て、改めて決意をする。


 彼には絶対に守らなければならない存在が、二人いるのだ。



(そうだ、僕は何を弱気になっている。たしかに甚大な被害が出ているが、まだ大きな問題には至っていない。慎重に対応するしかない。シンシアと、お腹の子のためにも)



 もうユリウスは父親だ。


 まだ見ぬ我が子のためにも、王国を守らなければならない。


 

「すまない、シンシア。まだ式も挙げられずにいるなんて、男として情けないよ」


「お気になさらないでください。ユリウス様は今や王。王は民を守るものでしょう?」


「……君と、君のお腹の子も僕が守るよ」


「まあ、嬉しい」



 しかし、現実問題として自然災害はどうしようも無い。


 ユリウスが今後どう動くべきか悩んでいると。



「ユリウス陛下、少しよろしいですかな?」



 ユリウスの執務室に初老の男性が入ってきた。


 彼の側に立つシンシアを見て、初老の男性はニヤニヤと笑う。



「む、ヴィレヴィアか」



 ユリウスが男性の名前を呼ぶ。


 ヴィレヴィアは、前王ルドルフの時代から宰相として王国を陰から支えてきた、まさに偉人。

 好々爺然とした態度を欠片も崩さず、ユリウスを宥められる数少ない人物である。



「どうやら良い雰囲気のところを邪魔してしまったようですな」


「いや、よい。それよりも何か用か?」


「つい先程、エルドランド帝国から使者が参りました。どうやら陛下に謁見したいとのこと」


「……帝国だと?」



 エルドランド帝国とは、長年カイゼリン王国と領土を巡って戦争している隣国の国家だ。


 カイゼリン王国が国防に優れた国家だとしたら、エルドランド帝国は侵略に優れた国家だと言えるだろう。


 エルドランド帝国は既に多くの国を属国化しており、その保有戦力は莫大なものとなっている。


 今でこそ王国と帝国は向こう二十年の休戦条約を交わしているが、生粋の戦争家で侵略者である帝国は平然と条約を破ってくる。


 王国が連発する自然災害で甚大な被害を被っていることはもう知られているだろう。


 もしかしたら、使者は王国が如何に弱体化しているのか確かめるための偵察のような役割を担っているのかも知れない。



(ここは強気に出て、国力が微塵も落ちていないと思わせるか)



 ユリウスは即座に決断を下し、ヴィレヴィアに指示を出す。



「追い返せ。帝国と話すことなど無い」


「……ふむ。強気に出て、『王国の国力は未だ衰えず』とアピールするつもりですか」


「そうだ。」


「平時なら良いでしょうが……。困ったことに、その使者は帝国の皇室に連なる者でして。下手に追い返してしまえば外交問題に発展しかねません」


「なんだと? ちっ、ただでさえ災害の対策で忙しいのに面倒を増やしおって。……分かった、すぐに謁見の間へ向かう。ヴィレヴィアは手配を」


「はっ」



 ユリウスはシンシアの紅茶を一気に飲み干して、謁見用の服に着替える。



「じゃあ、行ってくるよ」


「はい、いってらっしゃいませ」



 シンシアはユリウスを笑顔で見送り、自らのお腹を優しく撫でる。


 ユリウスが謁見の間へ向かう。


 ユリウスはまだ若い。

 そのため、外交の場で侮られるであろうことは想像していた。


 しかし、ユリウスとて今や王国の王。


 帝国側も最低限の礼節は弁えてくるだろうと思っていたが、その予想は大きく外れた。



「初めまして、ユリウス王」



 王への謁見にも関わらず、帝国の使者である十五歳前後の少女は頭を垂れること無くユリウスに向かって挨拶をしてきた。


 普通なら、王であるユリウスが声をかけてから話すのがマナーだ。

 いきなりの無礼な態度に、ユリウスは顔をしかめる。



「貴殿の名は?」


「これは失礼。私はエルドランド帝国第一皇女、アシュリー・ヴァン・エルドランドと言う」


「……そうか。その名は覚えたぞ。私はカイゼリン王国第二十四代国王、ユリウス・フォン・カイゼリンだ」



 ユリウスは王座に座りながら、アシュリーと名乗った帝国皇女を威圧する。



「して、今日は何用で参った?」


「何、知りたいことがあってな。ユリウス王、そなたがエドワード王子を王国から追放したというのは本当か?」


「っ、だったらなんだ?」



 ユリウスの表情が引き攣る。


 また、あの忌々しい双子の兄の名前を聞くとは思ってもいなかったのだ。



「くっくっくっ。くはははははははっ!!!!」


「な、何がおかしい?」


「いや、何でもない。ただ、これで一つの決定を下せる。――カイゼリン王国国王ユリウス。我がエルドランド帝国は、貴国に対して宣戦布告する!!」


「な……」



 あまりに突然の出来事で、ユリウスは口が開いたまま閉じない。


 ユリウスは咄嗟に表情を取り繕い、不敵に嗤うアシュリーへ身を乗り出して問うた。



「ど、どういう意味だ。我が国に宣戦布告だと?」


「二度も言わねば分からんか? ああ、安心しろ。大人しく帝国の属国となれば最低限の自治権と国民の安全は保証しよう」


「ふざけるな!! そちらがその気ならば、こちらとて容赦はしないぞ!!」


「おお、勇ましいな。だが、貴様らの国に恐れるべきものはもう無い。今度は戦場で会おうか、王国最後の国王よ」



 そう言って、アシュリーを含めた帝国の使者たちが謁見の間を出て行く。


 ユリウスは思わず「ちっ」と舌打ちした。



(何が『恐れるべきものは無い』だ。父上のことか? いや、だったら父上が崩御した時点で宣戦布告に来るはず……まさか……)



 ユリウスの脳裏をよぎるのは、忌々しい双子の兄の姿だった。


 いや、違う。有り得ない。あいつは帝国が恐れるような人間ではない。


 自分へ言い聞かせるようにユリウスは首を振り、帝国の侵略に向けて準備を行うようヴィレヴィアに命令を下す。



『ねぇねぇ、せんせんふこくってなあに?』


『人間と人間が戦うんだよ!! えるどらんど? っていう国がこの国を滅ぼしちゃうんだって!!』


『えー!! ダメだよ!! この国を消すのは私たちなんだから!!』


『だよねだよね!! じゃあその国の奴らも皆まとめて殺しちゃおう!!』


『でもでも、えるどらんどはどこにあるの?』


『分かんなーい!!』


『じゃあ、この国に入ってきた奴らは全員殺しちゃおう!!』


『『『『賛成ーっ!!!!』』』』



 無邪気な子供のように、見えざる強大な存在たちが笑う。


 藪を突いたら、蛇はおろか国をも滅ぼしかねないバハムートが出てくることに、まだ気付かないのであった。







――――――――――――――――――――――

あとがき



 一方その頃。


エ「森は迷っちゃうし、今度は街道を歩こう!! ……街道ってどこだろう?」


神霊ズ『『『分かんなーい』』』


 エドワードは再び迷子になるのであった。



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