第5話 新しき王の軍港建造計画は頓挫する





 クーレ軍港を超える軍港を作るために集められた人員は、総勢4000人という数に至った。


 そのうち約1000人が王国の正規兵であり、残りは冒険者や付近の村や街から集まった大工たちである。


 国から報酬が出る公共事業ということも関係しているのだろう。

 中には浮浪者も混じっていたが、いずれもやる気は十分なようだった。


 しかし、軍港の建造は遅々として進まない。



「これは、困ったことになったな」



 今回の軍港建造の責任者となった、工作兵部隊隊長のフラッドが大きな溜め息を零す。



「予定よりも重要区画の建造が少し遅れている。一般区画の作業員から大工を何人か引き抜くのもありだが……」


「上から命令で、重要区画だけは工作兵でやるよう指示されています。勝手なことをしては命令違反になるのでは?」


「だよなあ、どうしたもんか。ったく、なんでこうも雨の日が続くかね? 雨季はまだ先だってのに」



 フラッドがちらりと窓の外を見れば、大きな雨粒が絶え間なく降り注いでいた。

 作業がちっとも進まない原因は、この連日の大雨である。


 大雨の影響で作業員が思うように作業できない他、一部の地盤が緩み、土砂崩れが起こるなどの災害も発生している。


 死傷者も少なくない数が出ており、その救助にも人員を回しているため、人手が足りていない。

 一般区画の方は人海戦術で遅れこそ生じていないが、冒険者や大工たちの士気は初日を遥かに下回っている。


 今や国のために軍港の建造を行っている工作兵たちの方が相対的にやる気に満ちているような状態なのだ。


 工作兵の士気を分けてやりたい、とフラッドは内心で呟く。



「……文句を言ってても作業は進まん。命令に反するわけにはいかない以上、遅れは工作兵部隊が自力で取り戻す。雨で身体を冷やして体調を崩さないよう気を付けさせろ」


「了解です」



 フラッドが副官に命令し、会議は終了。

 と思いきや、慌てた様子で伝令に走る兵士が一人やって来た。



「フラッド隊長!!」


「どうした? そんなに慌てて」


「じ、実は、王都から今しがた連絡が!!」


「何かあったのか?」


「そ、その、ユリウス王が新しい軍港の視察に来るとのことです!! それで、それが今日みたいなのです!!」


「な、なんだと!?」



 王が自ら視察に来る。


 そこは良い。

 問題は王を迎える側のフラッドたちが何の準備もしていないことにあった。



「なんでそんな急に!?」


「その、どうやら連絡自体は三日前に届く予定だったのですが、連日の雨の影響で遅れが生じてしまったらしく……」


「くっ!! 急いで準備しろ!! 王を何の準備も無しに迎えるなど、我が部隊の沽券に関わるぞ!!」



 その時、誰かがフラッドたちの天幕に無断で入ってくる。



「その必要は無い」


「なっ、ユリウス王!?」



 動きやすい服を身にまとった、カイゼリン王国の国王ことユリウスである。



「も、申し訳ありませぬ!! 連絡の不手際があり、陛下をお迎えする準備が整っておらず――」


「良い。この大雨を見越して、早めに連絡しなかった私にも落ち度がある」


「そ、そのようなことは……」


「詫びというわけではないが、兵士を追加で1000人程連れてきた。ついでに酒も持ってきたから、雨で身体が冷えた兵士たちに振る舞ってやるといい」


「お、おお、我々にそのようなご配慮を……。ありがとうございます」



 兵士たちを労うユリウスの姿に、フラッドは感動しそうになった。


 しかも追加の兵士が1000人。

 遅れが生じていた重要区画の作業を取り戻すには十分な数だ。



「ふっ、王として当然のことをしているだけさ」



 ユリウスがフラッドの言葉を軽く流す。


 その時だった。


 まるで巨大な獣が唸るような、悍ましい大地の叫びが鳴り響いたのは。



――ゴゴゴゴゴッ!!!!



 ユリウスがよろめいて、フラッドが慌てた様子で支える。


 そして、すぐに状況を把握するため、フラッドが副官に確認を急がせた。



「何事だ!!」


「地震です!! 外に大きな地割れが!!」


「な、なんだって!?」



 フラッドが外に出ると、地面には朝方まで無かった巨大な裂け目があった。



「な、そんな、連れてきた兵士たちが……」


「なっ、ユリウス王!? それはどういうことですか!?」



 裂け目の前で膝をつくユリウス。


 そのただならぬ様子を見て、フラッドも何が起こったのか察した。


 どうやらユリウスが連れてきたおよそ1000人の兵士たちは、皆がこの大地の裂け目に落ちてしまったらしい。



「くっ、急いで救助を!!」


「だ、ダメです!! こんな雨の中で地割れの中に飛び込むなど自ら生き埋めになるようなものです!!」


「フラッド隊長!! た、大変です!!」


「今度はなんだ!?」


「一般区画の方でも地割れが多数発生!! 冒険者や大工が巻き込まれ、生き埋めにされています!!」


「なっ!!」



 連続する不幸な知らせに、フラッドは頭を抱える。


 しかし、それでもフラッドは工作兵を率いる立場にある人間だ。

 そう安々と諦めて良いわけがない。



「くっ、作業は一旦中止!! 全員で生き埋めになった連中の救助に当たらせろ!! 地割れに落ちた者は土魔法が得意な者を先行させ、周囲の壁が崩れないよう補強しながら進むように!!」


「はっ!!」


「陛下!! ここは危険です、ただちに王都へ引き返してください!!」


「う、うむ、分かった」



 怒涛の勢いで変化する状況に、ユリウスはただ頷くことしかできなかった。


 しかし、まだまだ変化は終わらない。



「フラッド隊長ぉ!! 潮が急激に引いていきます!!」


「なあ!? た、退避ッ!! 救助作業も中止だッ!! 急いで丘の上まで走れッ!! 一般区画の方にも急いで連絡しろ!! 平地を逃げるな!! 山に登れ!!」



 フラッドが顔面蒼白で指示を飛ばす。


 軍港を造るにあたり、フラッドは海軍関係者との対話を積極的に行っていた。


 だから、知っている。

 地震の直後、急激に潮が引いていく意味を彼は知っていたのだ。


 しかし、ユリウスは首を傾げた。



「お、おい、急にどうしたのだ?」


「津波が来ます!! 陛下も早く退避を!!」


「なっ、地割れに落ちた者はどうするつもりだ!?」


「……残念ですが、幸運を祈る他ありません」



 地割れに落ちた者が波に攫われることはまずないだろう。

 しかし、その津波の影響で間違いなく地割れは更なる崩壊を起こす。


 つまり、地割れに落ちた兵士のほぼ全員が死ぬと言っても過言ではなかった。


 ユリウスの視界が真っ黒に染まる。


 兵士たちが短い間に大量に死ぬなど、戦争でもそうあることではない。

 これから死ぬ兵士たちの無念の思いが、ずしりとユリウスの足取りを重くする。


 しかし、王である彼が死ぬわけにはいかない。



「わ、分かった。私も退避する」


「こちらです!!」



 ユリウスはフラッドの案内で最も近く、高い丘まで避難した。


 やがて十数メートルの津波が沿岸部に押し寄せ、すべてを海に攫っていく。


 軍港を造るために集めた資材も、逃げ遅れた冒険者や大工、兵士たちすら、全てが等しく海の藻屑と化す。



「……何が、起こっているんだ……」



 ユリウスは思わず呟いた。


 目の前で起こっている出来事は、本当に現実なのかと思いたくなる。



「これでは軍港を造るどころじゃないぞ……」


「どうすれば……」


「どうしようもない、全部流されちまったんだからよ……」



 兵士たちの士気が著しく低下する。



「陛下。波が引き次第、生き残った兵を率いて王都へ帰還してください。もう、軍港の建造は不可能です」


「……そう、か。そうだな」



 フラッドの進言に従い、ユリウスは兵士を引き上げることを決めた。


 その時、ふと誰かが呟く。



「俺たちは、神か悪魔の怒りでも買っちまったのか?」



 神。神霊。


 ユリウスの脳裏には、忌々しい兄の顔が思い浮かぶが、すぐに頭を振る。



(有り得るか!! 偶然だ。そう、不運が重なっただけだ。あのエドワードがこの惨事を引き起こすなど、有り得るわけがない!!)



 そんなことを考えながら、ユリウスは愛しのシンシアが待つ王都へと戻るのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき



 一方その頃。


エ「やったー!! 森を出たー!!」


神霊ズ『『『エド、そこは森の入口だよ!!』』』


 未だに国を出られないでいるエドワードであった。



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