第2話 王は許しを乞う




 王家主催のパーティーが終わり。


 カイゼリン王国の第二王子ことユリウスは、聖女であるシンシアの手を取り、彼の父である国王の部屋を訪れていた。


 パーティーでユリウスが起こした一連の出来事について、詳しい報告をするためである。


 パーティーは大成功だった。


 忌々しい兄を追い出し、シンシアと結婚する旨と第一子の妊娠を皆に知らせることができたのだ。



――きっと父上も喜ぶぞ!!



 聖女は争いを退き、平和を招くと言われている存在だ。

 シンシアを妻とすることで王国には長い平穏が約束されたも同然。


 しかも、その聖女はいずれ国王となるユリウスの子供を妊娠しているのだ。


 ユリウスは自信満々に国王の部屋の扉をノックした。



「父上、ユリウスです!!」


『おお、ユリウスか。入りなさい。ごほっ、ごほっ』



 扉の向こう側から、男性の声と咳き込む様子が伝わってくる。


 ユリウスはゆっくりと扉を開いた。



「ごほっ、ごほごほっ、はあ、はあ……」



 ユリウスが部屋に入ると、顔色の悪い中年の男性が激しく咳き込む姿が目に映った。


 彼こそがカイゼリン王国の王、ルドルフ・フォン・カイゼリンである。


 かつては隣国との戦争で自ら先陣を斬り、数々の敗色濃厚な戦を覆して何度も王国を勝利へ導いてきた王。

 カイゼリン王国史上、もっとも偉大な王として称えられる人物だ。



「父上、お加減はいかがですか?」


「今日はまだマシな方だな」



 ルドルフの身体は今、不治の病に侵されている。


 その病は聖女の癒しの奇跡ですら治せず、ルドルフは政務から離れ、短い余生を過ごしている状態だ。


 ルドルフがユリウスに問う。



「ユリウス、パーティーはどうであった? 成功したか?」


「ご心配なく!! 全て上手く行きました!!」


「おお、そうか。良かった。あのパーティーはお前を次期国王として周辺諸国へ知らしめるためのもの。下手なことをしたら王国の不利益に繋がるものだったから、少し心配していたのだよ」


「父上は大袈裟ですよ」


「大袈裟なものか。お前は感情的で、少々思慮に欠け、周囲の言葉を鵜呑みにする部分があったからな。……ところで、何故お前がシンシア嬢と一緒に?」



 ユリウスの隣に並び立つシンシアに、ルドルフは首を傾げた。


 いつもならシンシアは、もう一人の息子であるエドワードの隣に立っていたからだ。


 そう言えばエドワードの姿がどこにも無い。


 パーティーが始まる前、わざわざルドルフの部屋に来て「パーティーに行きたくないです」と言った息子の姿が。



「ユリウス、エドワードはどうした? 一緒ではないのか?」


「奴なら国外追放しました!!」


「……は?」



 ルドルフの頭が真っ白に染まる。


 自身の身体を侵す病の痛みすらも忘れてしまう程の凄まじい衝撃を、ルドルフは受けていた。



「来月にはシンシアと婚姻を結びます。あ、そうそう!! もう一つご報告がありまして!!」


「……な、なんという、なんという……」


「シンシアは僕の子を妊娠しているのです!! 父上にとっての孫ですよ!!」



 ルドルフがわなわなと全身を震わせる。


 ユリウスはルドルフが感動しているのかと思い、笑顔で話を続けた。



「あの忌み子を追放した時の顔と言ったら、ふふっ。今でも笑ってしまいそうです!! 父上にも見てもらいたかったですね」


「お、お前、お前は!! 何を笑っている!! 自分が何をしたのか分かっているのか!!」


「ち、父上?」



 ユリウスもようやく気付く。


 ルドルフの青白い顔が、怒りで真っ赤に染まっていることに。



「何故、何故そのようなことをした!!」


「な、何故とは? 王国にいずれ災いを招く魔力値0の無能を追い出しただけじゃないですか」


「違う!! 昔から言い聞かせておったであろう!! 魔力値0は忌み子などではないと!! 周囲の言葉を鵜呑みにするなと!! あれほど――ごほっ、げほっ」


「父上っ!! シンシア、父上に癒しの奇跡を!!」


「は、はい!!」



 シンシアが慌てて奇跡を行使する。


 ルドルフを暖かい光の膜が包み込むが、咳が止まっただけで顔色は悪いままだ。


 すると、ルドルフはシンシアの腕を力強くガシッと掴む。



「何故、何故だ、シンシア嬢!! そなたは自らの役目を理解しておるのではないのか!!」


「え? ちょ、い、痛いです、お義父様!!」


「聖女の役割は、神霊術師と婚姻を結び、その心を癒し、神霊の暴走を防ぐためのものであると知らないのか!!」


「神霊術師? 神霊? な、なんの話ですか?」



 シンシアは知らない単語の連続に首を傾げる。


 聖女は普通、神星教という古くから存在する教団の教会で様々なことを学ぶ。


 しかし、シンシアは幼い頃に癒しの奇跡を発現して聖女となったが、元は平民。

 学が無く、文字すら読めなかった少女が真面目に勉強をするはずも無い。


 外面と誤魔化しが上手いシンシアに、ルドルフはすっかり騙されていた。



「い、今すぐエドワードを連れ戻すのだ!! まだ遅くはない!! 連れ戻して許しを乞うのだ!!」


「先程から何を仰っているのですか、父上!! もう奴は、あの忌み子はいないのです!! 災いの心配はありません!! 僕とシンシアがいる限り、王国は永久に安泰なのです!!」


「違う、違う違う違う違う違うッ!!!! お前こそ何を言っている!! エドワードは忌み子ではないと、何度も言ったであろう!!」


「父上はあの男に騙されていたのです!! 奴は無害なフリをして、いつかこの国に災厄をもたらす言わば叛逆者です!!」


「誰がそのようなことを!!」


「皆がそう言っております!! 魔力値0は忌み子の証であり、災いをもたらす存在だと!! 貴族も各地方の領主も、民衆でさえ!!」


「あああああああああああッ!!!! 黙れ黙れ黙れッ!!」



 ルドルフは半狂乱になって自分の失態を悟る。


 息子の教育を誤ったこと、聖女の無学さを見抜けなかったこと。


 何より貴族や各地方の領主、民衆の古臭い伝説に対する恐れと無理解さを見逃していた自分自身に憤る。



「まだ、まだ遅くはない。エドワードなら、誠心誠意謝れば許してくれるはずだ、神霊の怒りを宥めてくれるはず……ぐっ」



 突然、ルドルフの胸を今までにない刺すような激しい痛みが襲った。


 ルドルフがその場で蹲る。



「ぐっ、うう、こ、これは……」


「父上!!」


「近寄るな!! はあ、はあ、き、貴様など、儂の息子ではない!!」


「っ、な、何を――」


「何故儂が第一王子であるエドワードを王にしようと思わなかったのか、言ってみろ!! 教えたであろう!!」


「そ、それは……」


「それも答えられぬか!!」



 ルドルフの顔色がますます悪くなる。



「はあ、はあ、神霊術師は、感情がそのまま神霊たちに伝わり、あらゆる事象を引き起こす!! 王という立場は、物事を冷静に見極め、心を殺さねばならぬ!! 人間的な感情が豊かなエドワードが王になれば、多くの奇跡と災いが国に降りかかる!!」


「えっと……?」


「疫病が流行り、エドワードがそれを悲しめばたちまち病が収束するだろう。叛乱が起こり、エドワードがそれを嫌がれば叛逆者たちがこぞって死ぬだろう!! それこそが災いなのだ!!」



 ルドルフはエドワードという魔力値0の子供が生まれた時から、多くの過去の文献を調べていた。


 故に忌み子の正体を把握しており、それを口を酸っぱくしてユリウスに伝えたつもりであった。


 しかし、伝わっていなかった。


 何もルドルフとて、一代で忌み子への認識を変えようとは思っていなかった。


 民衆は逸話や伝説、固定観念に囚われてすぐに忌み子を受け入れられはしないだろうと予測していた。

 各地方の領主や宮廷貴族たちも同様だ。


 しかし、せめて家族だけは、弟のユリウスと婚約者であるシンシアにだけは真実を知っていてもらおうとした。


 ……全て無駄であったが。



「ぐっ、ううっ」


「父上!? 誰か、誰か医者を呼べ!!」



 ルドルフの視界が真っ黒に染まる。


 すると、不思議なことに誰かの声が頭の中で響き始めた。



『あれー? エドのパパが死んじゃうねー?』


『エドに優しいから嫌いじゃなかったのにー。人間の寿命って短いよねー』


『でもでも、エドのパパが死んだら遠慮しなくていいよね!! 遠慮なくこの国を滅ぼせるよね!!』



 それは紛れもなく、この世界の森羅万象を司る神霊たちの声であった。


 ルドルフは己の死を悟る。

 神霊たちの声が、死に際故に聞こえるようになったのだと理解した。


 そして、この消えかけ命の使い所をようやく見つけた気持ちになった。



「神霊よっ!! どうか、どうかお許しを!! 儂の命と引き換えに!! せめて民の命だけはお助けを!!」


『えー? どうするー?』


『私はやだ!! エドをいじめた奴らだもん!! 死ぬのが当然だよ!!』


『だよねだよね!! でもでも、エドのパパはエドに優しかったから、お願いを聞いてあげても良いんじゃない?』


『じゃあ一度もエドのことを忌み子って言ってない奴だけ助けてあげよう!!』



 ルドルフの顔色が一気に良くなる。


 多くはないだろうが、まだ民の命が助かる。


 そう思ったルドルフに待っていたのは、彼を絶望させる言葉であった。



『でも誰が言ったか分かんないよ?』


『じゃあ言葉を話せない子供以外を殺しちゃおう!!』


『それ素晴らしいわね!! 私が考えたことにしてもいい?』


『違うよー!! 僕が考えたんだよー!!』



 言葉を話せない子供以外、皆殺し。


 ルドルフは知っている気になっていた。

 神霊の感性が人間のものとは大きく乖離しているということを。


 しかし、死の間際に見た神霊たちは嬉々として国を滅ぼすと言う。


 そこに悪意は無い。


 ただエドワードという、彼らの大切な人を傷付けた国など滅べば良いと思っている。



「ユリウス!! 愚かな儂の息子、ユリウス!!」


「っ、ち、父上?」



 自らを抱えるユリウスの腕を、ルドルフはガシッと力強く掴む。



「許しを乞え、エドワードに!! 神霊の災いが猛威を振るう前に!! 己の浅はかさを悔やみ、頭を垂れ、懺悔するのだ!! さすればまだ希望が――」


『エドのパパはエドに優しかったから、優しく死なせてあげるねー』



 ルドルフの呼吸が止まる。


 不思議と、苦しみは一切無かった。

 むしろルドルフを苦しめていた病が治ったかのように痛みが引いて、静かに永遠の眠りに就く。



「父上!? 父上!! 父上!!」



 こうして、史上最も偉大な王は人生を終えた。


 そして、王国の歴史を終わらせる史上最も愚かな王が、誕生するのであった。







――――――――――――――――――――――

あとがき

おら、こんな死に方は嫌だ……。


「やっぱり神霊が怖い」「言葉が通じるのに会話が成立しない恐怖」「色々気付かへん王様無能やんけ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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