聖癖大変 魔法少女シリシリこだま

七海 司

性癖とは互いに押し付け合うものである。

「綺麗な花火……」

 それが痴女兼河童女の属する悪名高い組織の名前であり、生涯決して許してはならない者達の名だった。





 都内穢土川区は変質者のバリエーションにとんでいる。ゆえに住む人々は常に変質者に狙われる危険を背負って生きていることになる。そんなことはつゆとも知らふず、家賃の安さだけに惹かれて椋梨うさぎもうすぐ40歳は穢土川区へと引っ越してきてしまった。

 案の定、徒歩3分のコンビニから家に帰るまでに3人の変質者に遭遇すると言う洗礼を受けるとになった。変質者[人/min]の割合だ。徒歩10分の駅に行くのに10人の変質者に遭遇する計算になる。

 運がない。と嘆息し、すり減らした精神で新居へ逃げ帰る。

 帰れない。

 ヒタヒタとついてくる足音が一つ。ねっとりと品定めする絡みつく様な不快な視線も一つ。

 このまま逃げ帰ると家の中に入られてしまう。そう直感が告げていた。今までの経験が裏付けになっている。大通りに出なくちゃ。せめて、人のいるところへ。

 日が沈みきり、影色の暗幕が降りた街をパンプスの音を響かせながら急ぐ。焦る気持ちを抑えて、気づいたことを悟られない様に冷静を装う。

 無駄な努力だった。

 音となく距離を詰められて回り込まれてしまった。

「ひっ」

 変質者の基礎中の基礎とも言うべき動作。ロングコートのご開帳だ。躊躇いや澱みがない洗練された動作がいっそ清々しい。とは流石にうさぎも思うことはできなかった。

 そんな恐怖で開き切ったうさぎの瞳孔に入り込む光は、一度変質者に触れて反射されたものだ。

 気持ち悪い。

「ふぐぅ」

 咄嗟に手を出してしまった。

 相手へ喉笛へ抜手一閃。まさに夜闇を切り裂く閃光の一撃だった。

 里のばっちゃんには決して手を出すなとキツく言われていたのに。

「ああ、なんてことを……」

 うさぎが安否確認のために、喉元を押さえて呻いている変質者を覗き込む。

「危ない!」

 うさぎの視界の端から、原色に近い色味をした。ヒラヒラ、ふりふりな衣装――魔法少女のコスプレをした痴女が飛び出してきた。

 痴女である。

 まごう事なき、痴女だ。

 相手が変質者とはいえ、問答無用で尻に貫手を差し込む魔法少女のコスプレイヤーは痴女である。

 うさぎが、変質者から逃げて丁度1分。

 変質者[人/min]だ。

 うさぎは、自分のメンタルがゴリゴリと音を立てて粗挽きされていく気がした。

「痴女だ……」

「誰が痴女ですか!? 私はたまたま通りかかった[綺麗な花火]所属の魔法少女、こだまです! 変質者や痴女とは真逆に位置するちんげんですよ?!」

「……ちんげん……さい?」

「誰がアブラナ科の青菜ですか!! 噛んだだけですぅ」

 頭二つ小さい少女サイズの痴女から泣き声で抗議が上がる。

「それよりも変質者は変質する前に尻子玉を抜かないいけないのはご存知ですよね?」

「ナニソレ、シラナイ」

「そのかわいそうなものを見る目をやめてください。こうなったら、論より証拠です。これが先ほどの変質者から抜き出した尻子玉です」

 そう言ってこだまが差し出した手の上には、フグの白子色をした珠が二つ載っていた。

 ブヨブヨしていて気持ち悪い珠が、脈打ち形を変えている。溶ける様に、撓む様に動きニタァと笑う口の様な器官を作り出していく。

「ひっ」

 うさぎの口から生理的嫌悪により声が漏れる。

 それをこだまは汚物袋の中にしまいきっちりと封をした。

「とまあ、こんな感じで変質者は人から変質して怪物になります。性癖の核である尻子玉を抜けば、癖も抜けて真っ当な人に戻りまチェストぉ!!」

 そう、言い終わる前にこだまは叫ぶ。また、変質者が尻に手を突っ込まれて尻子玉を抜かれたのだ。

 尻に手を突っ込み変質者を狩る痴女。ワードだけでうさぎは、引越しを決意する。家賃が上がってもいい。、生活が逼迫したっていい。安全、安心はプライスレスだ。

「なんでまた出てるのよぉ。一匹見たら30匹は覚悟しなきゃいけないのぉ??」

 今にも泣き出しそうなうさぎとは対照的にこだまはホクホク顔をしている。大量獲得の尻子玉袋を汚物袋の上から確認してほくそ笑んでいる。

「あー。申し上げにくいのですが変質者をホイホイする才能に恵まれています。その結果なのですが、変質した変質者に囲まれてしまいました」

 気がつくとニーハイソックスを口から吐き出している人の出来損ないが目前にいた。

 気づきたくはなかったが、ポタポタぼたぼたと音を立てて糞尿を撒き散らす人形もいる。

 うさぎの全身を嫌悪感が駆け巡る。悪寒は山手線の様にゆっくりと体を何周ながら走り続ける。

「うげ……」

 吐きそうになるのをこだまの手が口を押さえ、遮る。

 変質者二人の尻に突っ込まれた手が唇に触れている。

「うん。無理」

 キャパシティを超えた理性が笑顔を作りそのまま吐いた。

「危ない!」こだまが、体当たり気味にうさぎを壁に押し付ける。その間こっそりとこだまは手についた吐瀉物を自分以外の人が纏っている衣類で拭き取る。

「尻子玉に当たってはダメです。癖が憑ります!」

「ヘキガウツル?」

 こだまは、うさぎの手を掴むと引きずる様にしながら駆け出した。

 なんで私は、魔法少女のコスプレ痴女に引き摺られているのだろうか。とうさぎの眉間に寄った皺が雄弁に物語る。

「ああもう。簡単に言います。尻子玉に当たると服装がミニスカニーソになります。その後凝視されます!」

「この歳でその格好はキツイわ! それよりも何よそれ、気持ち悪い!!」

 引きずられる様にして走っていたうさぎの脚に力がこもり自主的に駆け出す。

「それがあいつの癖だからです。尻子玉に当たると相手の癖を押し付けられます! ついで言いますと、もう一体は、糞尿系なので、死ぬまで垂れ流しになります!!」

「なにが?!」

「知りたいのですか?」

「聞きたくないっ」

 茶色い尻子玉がうさぎの顔の横を通り過ぎていく。

 必死に避ける。当たるくらいなら死んだ方がマシである。

「死んでも垂れ流しです!」

「嫌よそんなのっ」

 こんなにも嫌なドッチボールがこの世に存在していたなんて! 胸中で叫び不運を呪う。

「対策はあります」

「お願い!」

 即答。即後悔。

 うさぎはこだまに、尻子玉をぶつけられた。

 こだまの癖を押し付けられたのだ。

 うさぎの服が瞬時に溶けて別なものになる。女子中学生なら似合いそうなヒラヒラフリフリ、胸元リボンのくすみピンクな量産型セーラー服に。

 こだまの癖は服飾系ーー量産型地雷系ファッションだ。

「これで押し付けられる癖は垂れ流し系だけです! 避けやすくなりました。あとニアッテマス」

「だから、キツイの。この歳でこの格好は辛いの気づいて! 察して!! あとお世辞は時に人を傷つけるってことにも気づいてね!!」

 叫び、飛んでくる玉を避ける。当たれば尊厳即死の凶悪な玉だ。

「そのまま、避け続けていてください。アイツらを玉抜きします。終われば服も元に戻せますから!」

 人に見られる前に終わらそう。それがいい。うさぎの死んだ目に涙が浮かぶ。

 ニーソをズゾゾゾと啜っている怪人に向かって一直線にかけ出し、跳躍。

「変質者よ死にたまえっ」

 うさぎの飛び膝蹴りが、怪人の顎を捉えて恍惚とさせる。

「そんなにニーハイに触れていたいの? キモいっ」

「チェエエエエエストォオオオオ」

 恍惚として動きを止めた怪物の尻に、こだまの細腕が刺さる。

「もう一体も行きます。手を貸してください」

「やだっあれは触りたくない」

「なら、これを使ってください」

 こだまが差し出したのは、ピンク色をした魔法少女のロッドだ。

「え・・・・・・なんで子供が持っていちゃいけないオモチャを持ってるの?」

「違いますっ! ピンクは魔法少女の定番カラーですぅ。そんな卑猥な色じゃないですー」

 ほおを膨らませたこだまは今にも泣きそうになっている。よほどショックだったのだろう。

「来るわよ」

 こだまの主張を流し、魔法少女のロッドを奪い取ると一足で怪物との距離を潰した。

「変質者に人権は必要ない」

 眼球へ一撃。

「変質者に容赦はしない」

 両の手を二連撃で殴打。

「変質者に一切の温情はなし」

 ないない尽くしのアッパースイングが炸裂した。

「玉無しになれぇ!!!!!」

 後にクイーンニーナと呼ばれる魔女っ娘(審議)が誕生した瞬間である。

 怪物は玉を潰されくの字に体を折り、くしくもこだまに尻を突き出してしまった。

「チェストッ」

 二人は無事に窮地を切り抜けた。

「終わりました」

「終わったわね。さあ、元の服に戻してちょうだい」

「分かりました。ではお尻を出してください」

 きゅっと右手の指を伸ばし抜き手の準備をするこだまを見て、うさぎの血の気が引いていく。

「まって、まさか、嘘よね?」

「尻子玉を抜く方法は一つしかないのです。さあ」

「いやー」



「チェストー」



 夜の闇にこだまの声が響き渡った。




 椋梨うさぎは心に放心したまま、生涯許すことのできない組織の名をつぶやく。


「綺麗な花火・・・・・・」

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