打ち上げ三日前
スギモトトオル
本文
「綺麗な花火……」
舞の声が稽古場に響いた。そしてそのまま途切れた。
「ストーップ!ストップだ!」
演出の山寺さんの更に大きな声が反響した。
「すみません、台詞飛びました」
「またかよ」
山寺さんが呆れた声を上げる。小さく舌打ちをしながら腕時計を見て、「一旦、休憩だ。十分後に再開しよう」と号令がかかる。
稽古場の緊張が崩れ、空気が緩んだ。演出助手の私は舞へと駆け寄る。
「ちょっと大丈夫なの」
ぼんやりした表情で私に気が付く舞に、水を手渡す。
喉を鳴らして気持ちよさそうに水を飲む舞に、もう一度問いかけた。
「ねえ、大丈夫?明日が稽古日の最後なのよ?」
声からも焦りが滲んでいる私を怪訝そうな表情で見やって、口元を拭いながら舞は笑った。
「うん、やっと役が馴染んできたから。今日は台詞飛ばしたけど、寝たら大丈夫だよ」
言っている意味が分からない。
まったく、この状況でこれだけリラックス出来るのは、天才だからか、天然だからか。
「大丈夫、心配しないで」
にこやかに笑う舞に、ため息を吐きながら笑うしかない。
どのみち、私達はこの主演女優に賭けるしかないのだ。
腹を括ろう。
ただ、劇場の神様が微笑むことだけを信じて。
<了>
打ち上げ三日前 スギモトトオル @tall_sgmt
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