第33話 祈念の夜Ⅰ

 花が所狭しに並べられている。赤、青、黄、大小様々な顔がにっこりと笑っている。春の訪れと新年の始まりを祝う、祈念の儀。領地から滅多に出ない貴族も王都に集うゆえ、他の祭事とは比べものにならないほど盛大だ。教会での祈りや王城での儀礼は初日のみだが、宴は連日続く。それは城下町でも同様、着飾った民衆は自分たちなりのもてなしで活気づく。王国中が歓喜に踊る、一年のうちで最も華美な四日間。


 ハルヴェルがアンジェルと共に歩み寄ると、ウィリエスはすぐさま気づいて破顔した。


「ハルヴェル!こんばんは」

「ご無沙汰しております、ウィリエス殿下」


 最初の夜。ハルヴェルの予想通り、ウィリエスは困り果てたように立ちすくんでいた。それでも王族の席から離れたのは、ダグラクスないしは第二妃と距離を置きたかったからだ。

 幸いなのは、貴族が無理矢理に会話を試みないところだろう。サンドルト辺境伯家の後見を警戒して、あるいは王女の配慮によって、強引なきらいがある王女派の貴族は第三王子の周囲から退いている。第一王子派が接触しないのは似たような理由か、はたまたラインヴィルトが根回しをしているか。とにかく、保守派のみが第三王子の出方次第で会話を試みている状況だ。しかし、ウィリエスが応じないせいで誰も発声できない。上位の者が話しかけなければ下位の者は名乗ることさえできないのだ、場は時が止まっているも同然だ。


 ウィリエスは、ちらとハルヴェルの隣を見上げた。お仕着せの裾をぎゅっと握り、不安そうにハルヴェルに視線を戻す。目での合図と取ることができなくもない。ハルヴェルはにこやかに微笑んだまま、アンジェルの紹介を決めた。


「私の父でございます」

「お初にお目に掛かります、第三王子殿下。アンジェル・サンドルトと申します。愚息に目を掛けていただき、至極光栄に存じます」


 アンジェルは優雅に上体を傾けた。ハルヴェルと似て非なる、完成された言動。その裏で、アンジェルはウィリエスへの評価をし始める。

 貴族にも劣る王族だと聞いていたが、最悪からはやや遠い。ハルヴェルの教育の成果か、披露の恥を上書きするために王家によって仕込まれたか。病弱と言う割に表情に影は見られず、強いて言えば青く見えるほど白い肌をしている。炭を練り込んだような髪や瞳とは対照的だ。

 しかし、目立つところと言えばその強いコントラストだけ。王女のごとき存在感も、第一王子のごとき求心力も無い。この愚鈍そうなウィリエスは、果たしてサンドルト辺境伯家の権威を理解したうえでハルヴェルを求めただろうか。アンジェルにしてみれば、高い確率で誰かの入れ知恵があったと考えるところだ。それが王族の誰かによるものなのか、ハルヴェルの自作自演なのかは定かではない。

 確実に言えるのは、ハルヴェルがまだ重大な事柄を隠しているという予感、もとい確信。本来冷徹な息子が盲目的な感情に突き動かされていないか、真剣に危ぶまれる。


 アンジェルは、どう振る舞えば良いか戸惑っているウィリエスに水を差し向けた。


「殿下、我々の他も殿下との歓談を望んでおります。ご紹介いたしても?」

「え……」


 ところが、ウィリエスは明らかに怯えてハルヴェルに判断を仰いだ。信頼関係が築かれている、とは嫌味だ。引き受けるにせよ断るにせよ、まずは自身で決断してみせなくてはならない。これでは傀儡だと自ら暴露しているようなものだ。無論、サンドルト辺境伯家にもその思惑は断じてない。誤解を防ぐために立ち去りたいが、そうすればウィリエスが何かやらかすだろう。煩雑な問題だ。できれば関わりたくない。かと言って、ハルヴェルの決断を十割不適切だと言えないのがもどかしい。


 前兆も無かった第三王子のお披露目は、展開によっては政治的均衡を崩していた。貴族はきっちりと三つに分裂しているわけではない。浅慮な輩が第四の勢力を結成するか、既存の勢力が第三王子を使い捨てて火種を作るか。もしもの話をすれば、悪い想定はいくらでも考えられる。


 アンジェルはハルヴェルの動きを待った。特別な地位を持つ辺境伯だからこそ、王族を蔑ろにはしない。その視線を受け、ハルヴェルはアンジェルに頷いた。そしてウィリエスに口を開く。


「ご心配なさらずとも、我々も同席いたします。いつかは避けられぬことですから。いかがなさいますか?」

「あ……じゃ、じゃあ、お話します」

「承知いたしました」


 親子はウィリエスの後ろに控えた。


「社交の経験は?」

「全く。かわし方はお教えいたしましたので、良心的な方であれば問題無いかと」


 良心的な貴族がどこにいる、とアンジェルは言いたくなったが、それは当然息子も知るところであろうから黙った。代わりに、どの貴族と話せば良いかウィリエスへ口添えする。ハルヴェルの父親ということで一定以上の信用を持ったのか、ウィリエスは反発せずに目配せした。すると該当する貴族夫妻が歩み寄り、ウィリエスの挨拶を待って名乗る。

 ハルヴェルの言葉通り、ウィリエスの振る舞いに決定的な過ちは無い。息をするように懇親を請われても、明確な返答はせず曖昧に笑って終えることができている。相手の圧に押されているが、弱みを与えない点を鑑みれば及第点かもしれない。ぎこちないとしても微笑みを浮かべ続けるのは、想像以上に過酷なことだ。付け焼き刃にしては上手いほうだろう。

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