第29話 二度目の春Ⅱ

 一方、ハルヴェルの脳内は未だ想定に忙しかった。父に会うにあたり、それなりの言い訳は用意できている。第三王子が加わることによる王位継承問題の複雑化を防ぐため、第三王子を保守派の立場に引き込んだ。第三王子は第一王子とも王女とも親交が浅く、王族として半端者であるため、放っておけば予期せぬ問題を引き起こすと判断した。また、第一王子と急接近していたハルヴェル自身、第一王子派ではないと証明する必要があった。これはラインヴィルトがウィリエスに興味を持てば成り立たないが、今のところその兆しはない。


「ハルヴェルのお父……えっと、父親、は、どのような人ですか?」


 唐突なウィリエスの問いに、やや考え込む。他の貴族には柔らかな笑みを向け、身内には無色透明な表情を見せる人。息子たちの人生に執着している様子は無いが、長男が身の振り方を決断した際は十分な手助けをした。正直なところ、一口に説明するのは難しい。


「静かな人です。感情を素直に表すことはほとんどありません」


 家庭事情を打ち明ける必要は皆無だろうと、ハルヴェルは子供にも分かりやすい物言いだけをした。途端、ウィリエスの目が丸くなる。


「じゃあ、ハルヴェルはお母様似ということですか?」

「いえ、特別そのようなことは……。なぜでしょうか?」


 ハルヴェルには、ウィリエスがそう思い至った理由がいまいち想像できない。今のやり取りにハルヴェル自身のことは関係なかった。言葉遣いの誤りはさておき、どこか楽しげな声に耳を傾ける。


「――だって、ハルヴェルはよく笑ってくれます。あと、お姉様もハルヴェルは意外と笑うとおっしゃっていました」

「……さようでございますか」


 思わず、他人行儀な敬語が出た。怒ったと勘違いしたのだろう、謝ろうとするウィリエスに、ハルヴェルは微笑みを返して否定する。否、本当はこの姉弟の所感諸共否定したい。意外と、という部分ではない、笑う、という響きだ。

 ハルヴェルは社交用に決して少なくない回数笑うが、二人の言葉にはそれ以上の意味が含まれている気がする。貴族らしく感情を隠せていると思っていたのは、うぬぼれなのだろうか。そもそも、抑えられないほど感情豊かである自覚はない。

 これはいよいよまずい、と人知れず危機感を抱く。成長するどころか隙が多くなっては、ますます父に会いたくない。


 ――突如、小さな両手が口を覆った。はっとして、ハルヴェルは自嘲と羞恥から目を覚ます。


「殿下?またご体調が……!」

「ちっ、違いますっ。ご、ごめんなさい!い、言ったら駄目だったのに……!」


 ウィリエスはきょろきょろと周囲を見回した。当然のごとく侍従と兵が立っており、さっと視線を逸らす者もいればじっと見詰めたままの者もいる。


「殿下、落ち着いてください。何のお話でしょうか?」


 ハルヴェルが問うと、ウィリエスは椅子から立ち上がった。ほぼ同時に立ったハルヴェルをしゃがませ、大きな耳に小さな口と両手を添える。

 冬の終わり頃から、ウィリエスの中の心的距離感が縮まったからだろう、二人はこうして内緒話をする機会が増えた。頼まれる度、ハルヴェルは断る理由も並べず大人しく耳を貸す。どうやら、これはリディエラとよくする仕草らしかった。侍従が聞き耳を立てようと次第に近寄るゆえ、長話も重大な話題も口にはできないが。


「お姉様とハルヴェルの仲がいいことを、みんなの前で言ったら駄目なんです」

「あぁ……」


 言われ、ハルヴェルは納得した。だが、それは心配しても仕方が無い。


「ここにいる彼らは、私と姉君が知り合いであると知っています、問題ありません」


 そうなんですか、とウィリエスは不安げに確認した。はい、とハルヴェルが頷けば、やっと安堵が宿る。

 ウィリエスが倒れた日、ハルヴェルとリディエラが既知であることはこの部屋に仕える従者たちに露見してしまった。もちろん第二妃を通してすでに把握していた場合もあるだろうが、どちらにせよ言い逃れはできない状態だ。できるのは現状維持、他に真実を漏らさないことのみ。誠実なウィリエスであれば、無闇やたらと言いふらしはしないだろう。


 コンコン、と扉が叩かれた。応ずれば、ハルヴェルを呼ぶ無機質な声がする。いつの間にか長時間話し込んでしまっていたらしい。ウィリエスの頭を一撫でし、ハルヴェルは名残惜しくも立ち上がった。次に会うのは祈念の儀になるだろう。仮にも顧問だ、社交のマナーや話の種は教えてきた、素直なウィリエスならばきっと問題無い。どうか姉のようにはならぬようにと、姉の真実を信じていられるようにと願った。

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