第15話 暗中模索

「第一王子殿下に纏わる話ですから、嘘は言いません。どれほど長くご一緒に?」

「有り難くも、幼年の頃より懇意にしてくださっております。未だ五つのときから、才知に長けてあらせられました。七つからの騎士教育におきましても、私など足下にも及びませんでしたよ」

「それは驚嘆すべきことですね。現在もさる事ながら、当時もさぞ麗しくあらせられたでしょう」


 運ばれてきた皿に手を伸ばしながら、ルアンは陶酔した様子で頷いた。一方、ハルヴェルは熱心に耳を傾けつつ呆れていた。ルアンはよく喋る。さすがに言っていいことしか言わないが、ラインヴィルトがいかに素晴らしいかならいくらでも語る。よくここまで尊崇できるものだ。

 確かに、ラインヴィルトは眉目秀麗、文武両道と名高い。実質的には王位に最も近い王族であり、婚約者の席に娘を据えようと躍起になった貴族も数知れず。

 しかしハルヴェルからすれば、その求心力に恐れる部分も少なくない。不用意に近づけば、思わぬところから弱点を突かれそうな気がする。尤も、ハルヴェルに関しては向こう自ら近づいてきているわけだが。端的に言えば、迷惑極まりないわけだが。


「ブランジルス殿は、第二王子殿下とも交流が?」

「ええ、少しばかり。トランヴァルト殿下は、兄君をとても慕ってあらせられるでしょう?お会いした際はご挨拶いたしております」

「そうですか、第二王子殿下とも。第一王子殿下をお慕い申し上げる心が本物だと、第二王子殿下も感じ取ってあらせられるのでしょうね」

「もちろん、本物ですとも!初めてお会いしたそのときより、私の心に偽りはありません」

「――ですが、王女殿下はどうでしょう?」


 ハルヴェルは、唐突に踏み込んだ問いを投げた。あくまで否定的に、さも自分が第一王子派であるかのように。棘がある声色で、王女殿下、と口にした。当然空気はがらりと入れ代わり、その様を表すかのように、ルアンの表情から色が消えた。


 カチャン、とナイフを立てかける雑音。


「……あの御方が、私の志に賛同なさると?」

「まさか。かの姫は、太平の対極にあらせられるでしょうね」


 嘘だ。リディエラはそのような人物ではない。譲れぬ何かを抱えているゆえ、姿を偽っているに過ぎない。武力を率い国庫に着手する面は間違いなく悪でも、その根本まで否定されて然りだとは言いたくない。それでもハルヴェルは、きしむ心に鞭を打って冷めた表情を作った。


 ルアンは再びナイフを手に取った。構え、当てつけのように肉を切り分ける。そのまま口に運び、苛立ち諸共噛み切るように咀嚼した。


「ええ、私も同じように思います。ラインヴィルト殿下がお声掛けなさっても、王女殿下は無礼な態度をお取りになるばかりで……!」


 ルアンは随分とリディエラを毛嫌いしているらしい、とハルヴェルは見繕った。不思議は無い、ブランジルス侯爵家は忠義を重んじる家系だ、リディエラの悪逆無道な振る舞いとは相容れない。裏を返せば、だからこそラインヴィルトはブランジルス侯爵家の忠実さを買っているのだろう。その割に、ハルヴェルとリディエラの関係については明かしていないようだが。

 ハルヴェルは、さらに奥へと足を進めることにした。


「他言無用で願いたいですが……私は、第一王子殿下が王位を継ぎなさるだろうと」

「ええ、ええ!私もそのように!」


 ルアンは前のめりに応えた。サンドルト殿には先見の明がありますね、と興奮して続けた。ルアンにとって、ラインヴィルトは唯我独尊の人物だ。王位に最も相応しく、だからこそ最も近い。今は王女派と保守派が障害となっているが、それさえ無ければ今にでも王冠に手が届く。さすれば、尊い為政と卓越した才覚でグリーティス王国を治めるはずだ。


 実のところ、ルアンがハルヴェルと接触したのは独断だった。そして、そもそもサンドルト辺境伯家との繋がりを求めていたわけではない。情報収集の一環として、カーニャから話を聞いてはいたが。それがなぜこのような形になったかと言えば、ひとえにラインヴィルトを思ってのこと。

 最初は、ハルヴェルの思惑が知りたかった。貴族にしては異質な振る舞いに、わざとラインヴィルトの目を惹こうとしているのではと訝しんでいた。実際にそうなったときは焦ったものだ、敬愛する主人が毒牙に掛けられるかと。

 しかし、ハルヴェルと話し合った途端に思い直した。曰く、ハルヴェルはラインヴィルトに害をなす者ではない、むしろ自分と同じ思想を持つ者だ、と。そうとなれば、ルアンが取る行動は一つしか無い。サンドルト辺境伯家、及びその一門が第一王子派に付けば、邪魔者たちを蹴落とせる。


「サンドルト殿。あなたには、ぜひともラインヴィルト殿下の一助となってもらいたく思います」


 ルアンはハルヴェルを真っ直ぐに見据えた。すると、ハルヴェルは傾けていたグラスを置き、ゆっくりと目を閉じた。それは乾いた目を潤すようでもあり、難解な状況に正答を探すようでもある。やがて姿を現した光彩は、絢爛な照明にかすんだ。真意を隠すように、追及を逃れるように、やんわりと口角を上げる。


「私は、我が国と民のために尽くしてこその貴族だと考えています」

「無論、素晴らしい志だと思います。そのうえで、ラインヴィルト殿下が国王におなりになれば……」

「今、国は変革の時ではありません。国王陛下は、この先も栄えある国政を成されるでしょう」


 保守派らしくラインヴィルトの年齢を理由にしてもルアンは認めないだろう、グリーティス王国では、齢十で王座に就いた前例もある。尤も、その時代は実質貴族による治世だったが。


「……そうですか」


 意外にも、ルアンはあっさりと引き下がった。どうやら、何が何でも引き入れようというわけではないらしい。代わりに、別件を口にする。


「サンドルト殿は、豊穣の夜にも参加しますか?」

「ええ。それが何か?」

「いえ。我が婚約者の話では、例年とは異なる運びになる、ということでしたので、お知らせしておこうかと」

「……異なる、ですか?」


 ハルヴェルが聞き返せば、ルアンは笑みではぐらかした。ハルヴェルをみすみす逃すつもりはないと言いたげな表情。これ以上教えはしないが、こちらが優位だと思わせるのは有効だと考えている。

 覚えておきます、とハルヴェルは言い直した。もしかすると、自分が思っているよりも状況は動いているのかもしれない。それにリディエラも巻き込まれているのか、はたまた自ら関わることを望んでいるのか。あと一年、と内心で唱えながら、ハルヴェルは席を立った。

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