16 婚姻の契約






 ◇◇◇


 この蒼き星の誕生とともに、天界がうまれた。

 ひとびとが誕生し、言葉を得て文明が起こると、ひとびとの邪悪なるこころは闇となり、やがて魔界がうまれた。


 ディドウィルは大魔神の三男坊として生まれた。魔界における上位の存在ではあったが、父や兄とは気が合わなかった。


 それにいつまでも妻を娶らないことで、異端扱いもされていた。ディドウィルは女性に興味がなく、性的興奮を感じたことがなかったのだ。


 大陸が7つにわかれた頃、惑星の女神たちが誕生する。

 女神らは『恋をして、大地を護る』という宿命を与えられた。


 水星の女神メアリは、聡いが抜けたところのある女神だった。恋に鈍感で、水星の大地メルクリウス・ノアを思うように豊かにできずにいた。

 ディドウィルは水星の大地メルクリウス・ノアで暴れ、ひとびとを襲っては、魔界の支配域を増やした。




 その頃、ディドウィルはメアリに出会った。

 大地に伏し泣きじゃくるメアリを見た瞬間、ディドウィルの身体に稲妻が走った。


 ディドウィルはそのときはじめて、と、を感じたのだ。




 それ以来ディドウィルの生きる目的は、となった。

 メアリが泣くたび、嫌悪の表情を浮かべるたび、ディドウィルは興奮した。


 メアリをもっと泣かせたい、もっと苦しめたい、ボロボロになるまで一生そばに置きたい。

 それこそが、ディドウィルの唯一の望みだった。


 



 ◇◇◇


 ディドウィルはメアリを抱きかかえ、広間の奥の祭壇まで足早に進む。

 その間もディドウィルはたったひとり、興奮していた。


「あなたと、結婚……なんて、しない……!」

「お前の意志はカンケーねぇよ。これは契約だぜ!?」


 ケタケタと笑いながら、ディドウィルはメアリを立たせる。メアリを完全に拘束し、抱きかかえたままで。


「イヤだよなア!? 泣いていいンだぜェ、お前の涙、全部舐めとってやるからなア」

「や、ぁっ、」

「おぉ、可愛いメアリ、恋を知らないメアリ!

 待たされた年数分、お前を泣かせてやるからな? 抱いて、抱いて、ドロッドロに汚してやるぜェエ!?」

「ん、ゃ、めっ……!」


 ディドウィルは頬を紅潮させ、メアリの腰やウエストをまさぐりながら、髪、耳、指、首とキスを落とす。

 そして右手でメアリの髪をかきあげると、頬を撫で、あごに手をそえた。


「さァ、誓いのキスだ。

 やり方はわかンだろ? 唇と、唇を、合わせるンだ」


 ディドウィルは、メアリの下唇を親指でなぞった。

 メアリの腰をぐっと引き寄せ、顔を近づけてくる。


「……や、めて、……っ」


 朦朧としながら、メアリは必死に顔を背ける。

 ディドウィルはさらに興奮した様子で、メアリの頬からこめかみにかけて、舌を這わせる。


「あ・き・ら・め・ろォ、メアリ!

 オレとお前は、今日、ここで結ばれる。今夜はお前が失神しても抱き続けて……」


 興奮の頂点に達したディドウィルの言葉が、とつぜん止まった。


 いつのまにか祭壇のそばに這い寄っていたコーザが、ディドウィルの脚にしがみついたのだ。


「メアリから……離、れろ……!!」


 コーザは息も絶え絶えに、掠れた声で言った。

 ディドウィルはつまらなさそうに、舌打ちをする。


「オォイ! お前には黙って見とけっつったハズだぜ?

 邪魔しなけりゃ、ってな」

「メアリが、望まないことを……するな……!」

「黙れっつったの、聞こえねぇの? 興醒きょうざめすっから、邪魔すンじゃねエ」


 ディドウィルは鼻根に皺を寄せ、コーザを蹴り上げた。コーザが低く呻き声を上げ、床を転がる。


「コーザ、さん……!!」


 メアリも力を振り絞り、ディドウィルの腕から抜け出そうともがく。

 ディドウィルはそんなメアリを冷めた目で見つめ、逃げ出せないようがっちりと腕を固めた。


「逃げてもムダだぜ。

 水星の大地メルクリウス・ノアはオレの……いや、オレとお前のモンになるンだ、メアリ」

「な……にを……!」

「さァ、契約を済ませちまおう。

 どんなにお前が嫌がろうと、唇を重ねれば、俺たちは夫婦だ……」


 今度こそディドウィルは本気だった。

 もう逃げられない、そう思ったとき。


「絶対、ダメ……だ!!」


 コーザがふたたび這い上がり、ディドウィルの腕を掴んだ。

 その反動でディドウィルがバランスを崩し、メアリ、コーザもろとも床に倒れる。


 すると、ルリン、と軽やかな鈴の音が響く。


(ヴィオラ姉さんにもらった、鈴……!)


 衣服を裂かれた時に、ペンダントのチェーンが切れて床に落ちていたようだ。3人が倒れた反動で、鈴の音が広間に鳴り響く。


 ディドウィルには聴こえていないようで、ディドウィルは怒りをこめてコーザを組み敷いた。


「お前、もう殺s……」

「えぃやぁああああ!!」


 コーザへの怒りが爆発した瞬間、ディドウィルの身体が吹き飛んだ。

 何者かが、ディドウィルの頬に飛び蹴りをくらわせたのだ。


「物理攻撃、最強ッッ!!」

「マルティナ、姉さん……!」


 その正体は、火星の女神 マルティナ だった。


「よくやったぞ青年! メアリ、待たせたな!!」


 真っ赤な髪を振り乱し、そのままディドウィルを取り押さえる。


 すると数秒遅れて、巨大な塊が魔神城に飛び込んできた。

 メアリの姉たちを乗せた、水華竜メルクリウス・ドラゴンだった。


「—――美と愛と正義の名のもとに、汝を縛る―――

 〖 慈悲の緊縛ミセリ・フニス 〗」


 金星の女神 ヴィオラ が謡うと、七色にひかる縄がディドウィルの体にぐるぐると巻き付いた。

 火星の女神 マルティナ の飛び蹴りで気を失っているディドウィルは、完全に捕縛され、竜の背に乗せられた。


「メアリ、コーザくん、つらかったの、頑張ったの。ユピが、応急処置するの」

「ユピ、姉さん。ありがとう……!」


 その間に、木星の女神  ユピ  が神力で2人を癒す。

 筋弛緩が軽減し、メアリはふたたび動けるようになった。


 コーザの怪我は治り瘴気も一旦払われたが、やはり【瘴花の種】によりまたじわじわと瘴気が広がってゆく。


魔界ここじゃ分が悪い、すぐ地上に降りるぞ!」

「はーい、オッケ~」


 土星の女神サトゥリーナが声を上げると、海王星の女神 ネレイヤ が竜に合図を送る。

 火星の女神 マルティナ 木星の女神  ユピ  も竜に飛び乗る。


「メアリ、地上はウチらに任せなッ! やんなきゃいけないコト、わかってるっしょ!?」

「はい、ウラノ姉さん! みんなも、ありがとう!!」


 そうしてディドウィルと姉たちを乗せた竜は、地上へまっすぐ降りていった。



 

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