12 コーザの想い
メアリはすぐに地上に降り立った。
村はすでに日が沈みかけ、薄明の頃を迎えている。
村に足を踏みいれると、ちょうど寄り合い所からコーザが出てきた。
「コーザさん!」
メアリは思わず、コーザの名前を呼んだ。
メアリがいることに気付いた瞬間、コーザはメアリを強く抱きしめた。
「こ、コ……!!!」
「っ……ご、ごめん……」
メアリは驚いて、声をあげる。
コーザ自身も、無意識の自分の行動に驚き、慌ててメアリから離れた。
(び、びっくり、した……)
高鳴る鼓動を落ち着かせようと、メアリは胸を押さえた。
「ごめん。ずっとメアリに会いたいと思ってたから……つい」
コーザは気まずそうに頭を掻きながら、メアリに謝る。
「い、いえ。
あの、わたし、コーザさんに話したいことがあって……」
「コーザ様!」
メアリの言葉を遮ったのは、
メアリには見向きもせず、輝夜はコーザの手をとった。
「ここにいらしたんですね。
わたくし達の新居について、村の方々と話し合っていたのよ。当人がいなくてどうするの?」
「待て、待て! 俺は結婚する気は……」
「まぁ、まだそんなことを仰ってるの?
月姫様の加護がなくなれば、この土地には住めなくなる。それでも良いのかしら」
輝夜は甘ったるい声で言いながら、コーザの手を両手で覆う。
しかしコーザはかぶりを振りながら、その手をそっと離した。
「輝夜さん、すまない。
いまはこの人と……メアリと2人で、話がしたいんだ」
「あら。この方……」
輝夜はようやく、冷たい視線をメアリに向けた。
そして嘲笑しながら、言い放つ。
「人ではないようだけど、大丈夫かしら? 魔族のたぐいかもしれませんことよ」
輝夜の母・
人ではない。
輝夜の話の、半分は真実だった。もちろん輝夜は、それをわかって言っている。
そのせいでメアリは、言うべき言葉がすぐに出てこなかった。
輝夜はコーザの手をとると、強く引いた。
「不用意に近づくと危険ですわ。行きましょ!」
「俺は行けません」
しかしコーザはふたたび、輝夜の手をほどいた。
「メアリと話すことが、あるんだ」
コーザは赤い瞳を、つよく煌めかせた。
輝夜は顔を真っ赤にして、ふるふると震えながら、叫ぶ。
「キャーーーッ!!!
誰か来て!! 怪しい女が村をうろついているわ!!」
輝夜の声に驚いた村人たちが、寄り合い所や家々から、何ごとかと顔をのぞかせる。
「っ……メアリ、こっちへ!!」
「は、はい!」
コーザに手を引かれ、メアリは駆け出した。
村を離れ、2人はひと気のない森の入口に、身を潜めた。
「変なことに巻き込んでごめん。驚いたろ」
「いえ、その……事情はだいたい、わかって……ます」
「そうか」
追っ手は来ていないようだった。
呼吸をととのえ、ちらりとコーザを見遣ると。
コーザはなんだか泣きそうな表情で、メアリの手をとった。
「もう……会えないかと、思った」
夕闇のなか、にじむ赤い瞳に、メアリの心臓がきゅっとなる。
「ごめんなさい……しばらく、体調を崩してて」
「えっ! 大丈夫か? もしかしてあの時、風邪でもひいたのか!?」
慌てるコーザに、メアリは赤面しながら答えた。
「ちが、くて……あの……
き……キス、されて、知恵熱が……で、出ちゃって、寝込んでて……」
恥じらいながら答えるメアリ。
コーザは地面にへたりこんで、おおきく息を吐く。
「…………ちから抜けた」
「ご、ごめんなさい」
「いや……………俺が悪い。本当にごめん」
コーザもつられたように顔を赤くして、おずおずと言葉を並べる。
「あれは、メアリが可愛くて……我慢できなかったんだ。ほんとに、ごめん」
照れるコーザに、キュンキュンキュン、とメアリのこころが撃ち抜かれる。
「いえ、あの、うれしかった、です。
髪飾りも、……キス、も」
「……それならよかった」
コーザはメアリの頬を、そっと撫でた。
先程までのしずんでいた気持ちがうそみたいに、メアリはすっかり元気を取り戻していた。
「メアリ」
しずかな、宵闇だった。
遠くの村の灯り。たゆたう、夜光虫のちいさな光。
「今さらって思うだろうけど……ちゃんと、言わせてくれ」
コーザは膝をついて座り直し、メアリに向き直った。
そして。
「俺は、メアリのことが好きだ」
夕風が、森をかけぬける。
運ばれる、夏のにおい。
風は、メアリのこころをすぅっと通り抜ける。
「俺は……ずっとひとりで生きていくんだって、思ってたんだ。
それなのにきみに会ってから、こころがどんどんと溶かされていくのを感じた。会えない間もずっと、メアリのことばかりを考えてた」
とくとくと高鳴るこころ。
頭のなかが真っ白になり、ちらちらと、金色のひかりが舞っている。
「村のことも大事だけど……メアリのことも、諦めたくない。
どっちも俺にとっては、大切なんだ」
メアリは、コーザの赤い瞳から、目を離せなかった。
それでもなんとかひとつ、小さくうなずいて。
「わかり、ます」
ようやく絞り出した、掠れ声の、たよりないことば。
全身が心臓になったみたいに、鼓動で、からだがゆれる。
「だから俺はいま、メアリのたとえ話に賭けてる」
コーザの言葉に、メアリははっと息をのんだ。
「メアリが女神で、俺と恋に落ちれば……世界が救われるって」
こころがざわざわと、苦しかった。
あらわしようのない悦びと、満たされた想い。
そして同時に襲ってくる、不安。
こみあげる想いが溢れかえりそうになり、メアリは目に涙をためる。
「でも……でもっ、うまくいくかは……!」
コーザは震えるメアリの肩を、両手でそっとつかんだ。
つよい瞳が、メアリをまっすぐとらえる。
「メアリ、うまくいかなくてもいいんだ。
そもそもひとは、加護なんかに頼らず、自分たちで生きる道を探さなきゃいけない。
その努力を手離してしまったら、ひとはひとでなくなる」
その瞬間。
メアリのこころを縛っていた最後の鎖が、砕け、飛び散った。
その破片はきらきらとプリズムに輝き、ゆったりと宙にとどまる。
そしてやさしく、あたたかな光となり、そっとメアリのからだを包みこんだ。
ざぁ、と風が踊り、夏草がそよぐ。
北の一番星は、祝福のまたたきを繰り返す。
(あぁ、きっとわたしは、このひとに)
このひとに出逢うために、生きてきたのだ。
「わたしは―――」
応えなければ、と思った。
いま、このときこそ、気持ちを伝えるときだ、と。
しかし。
(空気が、かわった)
突如、大気の
黒い鱗。焔。強烈な悪意。ひとびとの畏れ。
メアリは、気配のほうをさっと振り返る。
コーザが口を開きかけたとき、遠くから警鐘の音が聞こえた。
同時に、メアリは状況を理解する。
「魔族の襲撃です! 村に戻ります!!」
「えっ!?」
メアリはすぐに駆け出した。
はやる気持ちが風をきり、メアリは宙に飛び上がった。
「飛べた! わたしにつかまって!!」
「え、うわっ」
メアリはコーザを抱きかかえ、そのまま一直線に、村に向かって飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます