Ⅲ.恋を知った女神
10 月姫の謀りごと
水星の女神メアリは、ため息をついた。
天界にいるメアリのため息は、地上に降り涼風となり。
日照りの土地には雨を降らし、弱った草花を甦らせた―――
「よー、メアリ! 復活したかぁ?」
「マルティナ姉さん。もう、大丈夫みたい」
五女で火星の女神のマルティナは、焔のような赤毛をくるくると踊らせながら、はつらつと言った。
「地上から朝帰りしたと思ったらいきなりぶっ倒れたから、心配したぜ!?」
「えへへ……」
コーザの家を出る直前、ひたいにキスをされたあの日。
メアリは天界に戻るとそのまま倒れ、1週間も寝込んでいた。
(キスされて寝込むなんて、耐性がなさすぎて自分にあきれちゃう……)
俯いてかぶりを振ると、だれかがメアリの後ろから抱きついてきた。
「メアリ、とうとうキスしたって聞いたの♪」
六女で木星の女神の、ユピだった。
「ゆ、ユピ姉さん!
おでこよ、おでこ! 挨拶みたいなものよっ」
「にゅふふ、でも好きじゃない相手にはそんなことしないと思うの~♪」
そのふくよかで豊満な胸が背中に当たり、メアリは恥ずかしい気持ちになる。
「しっかし、一夜を共に過ごしたんだろ!? 青年、よく耐えたよなぁー!!
襲ってくださいって言ってるようなもんだよなぁ!? ユピ!」
「マルティナ姉さんの言うとおりなの。無防備すぎて青年がかわいそうなの」
マルティナとユピの言葉が、グサグサとメアリに刺さる。
(だからあの日の朝、とつぜん抱き締められたのかしら……!
わたしったら本当に、なんてことを……)
メアリは、思い出すだけで顔から火が噴き出そうだった。
「もう1週間会ってないんだろ?!
あの青年もさすがに悶々として……って、あれ? あそこに居んの、
「え?」
マルティナは地上を見下ろし、首を傾げた。
メアリとユピも、マルティナの隣から地上を覗き込む。
「ほんとなの、
あれって、メアリの好きなコがいる村じゃないの?」
見えたのは、コーザの住む村に向かう、ひとりの少女。
それは、月姫の娘・
◇◇◇
「
月姫様の娘、
村の寄り合い所で、しずしずと頭を下げる輝夜。
「ご神託により、この村に住む赤い瞳の男性と婚姻を結ばせて頂くこととなりました。
こちらの領主様からも、同様のご用命を預かってきております」
「赤い瞳というと、コーザか……!」
「なんと、領主様からのお達しまで……」
村人たちは慌てて、コーザを呼び寄せた。
状況が理解できないまま、コーザは寄り合い所に連れてこられた。
そして、輝夜の正面に座らされる。
「あなたがコーザ様ですね。
ご神託に従えば、この村に永久の安寧がもたらされるでしょう」
輝夜の言葉は、結婚をすればこの村が月姫の加護によって守られると、暗に示す言葉だった。
「なんと……! 大歓迎だよな、コーザ!!」
「そんな、急に言われても……」
コーザは混乱していた。
月姫を信仰しているのは、村のお偉方くらいだった。
コーザのような若者は信仰を眉唾物としか思っておらず、加護に頼るよりも自分たちの力で土地を拓いていくことが大事だと考えていた。
(だけど、月姫様の力が本当ならこの村は……でも、俺は……)
コーザはその場では、「少し時間をください」と答えることしかできなかった。
◇◇◇
メアリは寄り合い所のそばの高木の上から、
重たくしずんだ心のまま、メアリは天界へと戻る。
ずるずると、神殿のいつもの窓ぎわに、もたれかかった。
(浮かれていた
コーザは村のために、輝夜と結婚するだろう。
コーザとは、そういうひとだ。
みずからの命を投げ出してでも、村の子を救うような、やさしいひと。
村を想い、懸命にはたらき、この地を愛してくれたひと。
メアリは、コーザのそんなところに惹かれたのだ。
(これで、いいんだ。村は、
そう頭では理解しているのに、さっきから胸の痛みがおさまらない。
ぽろぽろと零れる涙が、止まらない。
痛い。痛い。
いたくて、くるしくて、せつない。
こんなにつらいなら、恋なんてしなければよかった。
コーザに出会わなければ、よかった。
だけど。
目をとじたとき思い浮かぶのは、コーザと過ごした夢のような日々。
コーザの笑顔。やさしい声。あたたかな手のぬくもり。
そして、コーザがくれた言葉。
赤く燃えるような瞳がすきで、すきで。
もっと会いたい。もっと話したい。もっと触れたい。
コーザのことを考えると、想いが、感情が、爆発しそうになる。
「なにをメソメソと泣いているのかしら」
するどい声にびくりと肩を揺らし、メアリは振り返る。
「
涙をぬぐうことも忘れ、メアリはぼうっと月姫を見上げた。
「もしかしてあの青年、あなたが目をつけてらしたの?
いやだわ、わたくしったら。そうとは知らず、ごめんなさいね」
まばたきをせずとも、涙はひとりでにあふれてきた。
「
あの村はその足掛かりのようなものですわ。
輝夜は強い神力は使えずとも、加護の力に関しては親ゆずりですから」
なにか言わなければと思うのに、言うべきことばはひとつも見つからない。
「あなたまさか、本気で人間と恋をしようなんて思っていたわけではないわよね?
わかっているの? あなたは女神ですのよ?」
くちびるが、ふるふると震えた。
ダメな女神だと。
落ちこぼれ女神だと。
恋もできぬ、こころを持たぬ、枯れ果てた女神だと。
これまでにうけた言葉の矢が、ふたたびこころに降ってきた。
いたい。いたい。
ごめんなさい。
わたしが女神で、ごめんなさい。
なにもできなくて、落ちこぼれで、そんなわたしがひとびとの命をあずかって。
「ご、めん、なさい…………」
ようやく吐き出した言葉は、ふるえ。メアリは床に伏せって、泣いた。
泣くことさえも、罪のように思えた。
月姫は、月の光のように冷たくメアリを見下ろす。
「泣いてもしかたのないことですわ。
女神と人間の恋など、うまくゆくはずがないの。これに懲りたら男神との恋を……」
「メアリ!」
通りがかった
一緒にいたほかの姉たちも、心配そうにメアリに駆け寄る。
「あなたがた、騒ぎ立てないでくださる?
わたくしはこの子に、人間との恋がいかに危ういものかを教えてさしあげているだけよ」
「だからといって、メアリの恋する想いを挫くと?
それが月姫様のやり方ですか!」
「はて? なんの話だか、さっぱり」
その態度に堪忍袋の緒が切れた
「メアリが恋した人間のトコに輝夜を仕向けたのも、月姫サマだろ!!
あんなの見たら、メアリが泣くのも当然だろーが!!」
「なっ……!!
「そこまでにしてくれ」
女神たちの言い争いを制したのは、空の果てまで響くほどの強い声だった。
「
七人姉妹の父親、太陽王・ヘリオス。
この世界に君臨する王であり、最高神。姿勢がよいせいで、巨躯がさらに大きく見える。
「月姫。娘たちの無礼を、どうか許してくれ。
だが、そなたの行動も、いささか行き過ぎていたようだ」
大きく、やさしくも、強く、絶対的な。その強さに、月姫も言葉をうしなう。
「私も、娘が泣く姿を見たくはないのでな」
「っ……!!」
月姫は顔を赤くして、なにも言わずにその場を立ち去った。
「見世物ではない。散れ」
神々や神の遣いが、何事かと集まってきていた。
「メアリ、おいで」
メアリも立ち上がったが、
涙をぬぐい、メアリは父のあとについていった。
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