03 ひとの強さ
川沿いに山を下るうちに、雨足が強くなっていく。
川の水量は、みるみる増していった。
辿り着いたのは、メアリが想像していたよりも大きな立派な村だった。
田んぼや畑が広がり、川沿いには家が立ち並ぶ。
「ここで待っててくれ。村の者から靴を借りてくる」
「す、すみません」
コーザは、軒下の縁台にメアリを降ろした。
コーザがどこからか借りてきてくれた靴を履くと、カンカンカン、と警鐘の音が響く。
「鉄砲水だ! 一気に増水するぞ、早く高台へ!!」
「まずい。俺たちも高台に上がろう」
すると、上流のほうで叫び声がする。
「ビアンカ!!」
「ビアンカが川に落ちた!!!」
はっとして川を見遣るけれど、メアリには人影は見つけられなかった。
しかしコーザは、ロープを手にすぐに駆け出した。
橋の欄干に素早くロープを巻きつけると、そのまま川に飛び込む。
「コーザさん!!」
コーザはロープをたよりに橋脚にしがみつき、上流から流れてきた女の子の腹をつかんだ。
「ビアンカを!!」
「はい!!」
メアリは橋の上で、コーザが助けた女の子の身体を引き上げる。駆けつけた村人に、その女の子を引き渡した。
「コーザさん、手を!!」
「っ……!!」
水流が増し、ロープを握るコーザの手も限界に近かった。
そのとき。
ゴウッ、ガラガラッ! と、轟音が響いた。水流の勢いに押し流された木々が、川の上流から流れてきたのだ。
「コーザさん!!」
このままでは、コーザが流されてしまう。
(どうか、どうか、このひとを助けて……!!)
生きて、生きて、生きて……!
メアリは、一心不乱に祈った。
すると、体の内側から湧き上がる熱を感じた。
(これ、は……)
次の瞬間、メアリは鳥のように宙に浮きあがった。
川に沈みかけているコーザの身体をすばやく抱きかかえると、風雨のなかを切って飛んだ。
そして、コーザとともに川岸に転がり込んだ。
強い風雨のなかの一瞬の出来事で、だれもなにが起こったのかを理解できなかった。
メアリ自身も、なにが起きたのかはわからなかった。
コーザは意識をうしなっていたものの、無事だった。
(なんだかわからないけど、助かって、よかった……!!)
メアリはほっと、胸をなでおろした。
ひたいに当たるあたたかな感触で、コーザは目を覚ました。避難所の一角に、寝かされているようだ。
「よかった……! お体、大丈夫ですか? 痛いところはありませんか!?」
「あ、あぁ……」
メアリがコーザのひたいに手を当てて、祈っていたらしい。
豪雨は、すでにおさまっている。
「村の方が、避難所までコーザさんを連れてきてくれたんです」
「そう、か。ビアンカは? みんなは、無事か?」
「はい、みなさんご無事ですよ」
「きみは……メアリは、大丈夫だったか?」
「はい、この通り!」
メアリは両手でこぶしをつくって、バンザイをしてみせた。
コーザはほっとしたように、笑った。
「俺は……きみに助けられたような気がするんだが」
「えっと、その、わたしもよくわからなくて」
「きみは、聖女かなにかなのか?」
「それは……」
相変わらずメアリは、核心を話せないままだった。
外の様子を見て、コーザは肩を落としてうなだれた。
村は泥にまみれ、流木や岩がそこらじゅうに転がっていた。
「やはり、畑は駄目になったか……」
「何軒かは家も押し流された。また一からやり直すしかないな」
村人たちも消沈しながら、被害の状況を確認する。
その惨状に、メアリもことばをうしなった。
(これが、災害……天界から見るものとは、感じ方がまったく違う)
先祖代々、切り開いた土地。
生きるために、大切に育てた畑。
想い出のつまった、家。
そのすべてが流されてしまった。
そしてこころを傷め、不安な未来と向き合うしかない、ひとびと。
「…………っ、ごめん、なさ……」
気付けばメアリは、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
ひとはいつか死ぬ。災害はいつか起こる。
わかっていても、そのすべてが自分のせいと考えてしまう。
「メアリ……? な、なんで泣いてるんだ」
「わたし、ほんとに、なにもできなくて……!」
とめどなく、涙が溢れてくる。
コーザを困らせているとわかっているのに、溢れ出る涙をとめることができない。
コーザは首を傾げながらも、ひとつ、笑顔をこぼした。
「大丈夫だよ、メアリ」
そしてメアリの頭を、くしゃりと撫でる。
「俺たちも、この村も、大丈夫だ。
命さえあれば、ひとはどうにかして生きていける」
コーザの笑顔は、凪いだ海のようにやさしかった。
とん、と心臓をたたかれたような気がして、メアリはようやく涙をのみこむ。
(強いひと、だ)
メアリのこころが、感じたことのないぬくもりで満たされる。
メアリの足元で、名もなき小さな花がひとつ、ポッと咲いた。
どこからかやわらかな風が吹き、泥にまみれた麦穂がふわりと揺らいだ。
Ⅰ.出会い fin.
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