十一話 最初から自分であるのではない。自分になるのだ。
「おい、麗(れい)なにがし。お前にも話がある」
「麗央那(れおな)です。なんでしょうか」
玄霧さんに呼び止められて、名前の間違いを訂正する。
一瞬、不機嫌そうな顔をした玄霧さんだけど、私の生意気にいちいち怒らずに。
「損なわれた邑(むら)を一刻も早く復興したい気持ちは強かろうが、戦略的な理由で今はできん」
「また、覇聖鳳(はせお)とかいう連中が、略奪しにくるかもしれないからですか?」
私が答えると、今度は明確に驚いた顔をした。
そうそう、せっかくイイ男なんだから、表情はころころ変える方がいいですよ。
あくまでも私の趣味。
「その通りだ。周囲の他の邑にも、もっと南へ避難勧告を出す。北の戌族(じゅつぞく)が手を出せんように、軍の防衛線も整え直す」
国境の向こうから悪いやつが来るなら、国境の近くに住まなければいい。
農民が住まずに軍が駐留しているような地域を、わざわざ略奪に来るほど暇な奴らはいない。
合理的な防衛判断だと私は思った。
「わかりました。私ごとき小娘からは、特に文句もありません」
正直、神台(じんだい)邑のことしか知らない。
あとは周辺の、川の形だけ。
そんな私が口を挟める問題じゃないことは理解できた。
「貴重な情報をくれた礼だ。多少の便宜は計ってやろう。別の邑に居候する口くらいは聞いてやるぞ」
あえて私を安心させるような柔らかい笑顔を作って、玄霧さんが提案してくれた。
尊大ではあるけど、冷たい人ではないらしい。
「ありがたいお話ですけど、そこで私のやりたいことができるかな」
「なにか希望があるか。遠慮なく申してみろ。倉の番をしていたとか、地図を測って書けると言っていたが、そういった仕事か?」
「邑のみんなの、かたき討ちです」
ぽかん、と玄霧さんが口を開ける。
そして、カカと笑って、手を横に振った。
「お前の細腕でどうするものか。その華奢な成りで軍に志願しても門前払いだ。もちろん俺も薦めはせん」
「それは、無理かもしれませんけど」
肉体労働に関しては、ハッキリ言って自信はない。
やる気がいくらあろうとも、体力的な問題で過酷な軍務は無理だろう。
「なにより州軍、いや昂国(こうこく)すべての軍兵は、皇帝陛下と国土臣民を守る為の弓楯(きゅうじゅん)である。お前の私怨を晴らす匕首(あいくち)ではない」
わかるよ、玄霧さんの言うことはさ。
国境の向こうで活動する覇聖鳳だとか、その仲間をやっつけるかどうか。
そんな計画は、玄霧さんよりももっと、偉い人が決めることなんだろう。
今は他の邑の住民を守るために、避難させることしかできないという結論だ。
弓と楯は公的な防衛力であり、匕首は私的な暴力という対比で、玄霧さんは言ったんだな、ということも、わかるよ。
でも、それでも。
「自分の力や、軍のみなさんの力でもできないとしても、他に手段は、あります」
「ほお。小娘なりに知恵は多少回るようだが、例えばどんな手だ」
悪い笑顔で、玄霧さんが問う。
意外とおしゃべり好きだな、この人。
「ええと、それは」
「我が州軍でも手を焼く戌族の騎馬部隊を、どのように撃滅せんとする。奴らの馬は速いぞ。此度のように、あっという間に逃げられるぞ」
「ぐぬぬ」
いい大人が正論で女子供をやり込めて、なにか楽しいか?
そんな反発心から、私はギギギと歯噛みし、それでもあてずっぽうで、言い返す。
「お金を貯めて、殺し屋を雇います」
「んなっ」
玄霧さんが、少し間抜けな声を出した。
しかしいったん口に出してみると、それは冴えたアイデアではないか、と私の気持ちが前向きになる。
「そうだよ、それがいい。翔霏くらい腕の立つ人を何人も見つけて。その人たちに、びっくりするくらいのお金を渡して。そのためには、うんと稼がなきゃ」
驚いているのか、呆れているのか。
無言でこっちを眺める玄霧さんをよそに、私はうわごとのようにつぶやく。
「毒殺もいいな。毒の勉強をして、毒の武器を集めれば、少ない人数であいつらを仕留められるかも。なんなら放火でもいいんだ。あいつらが神台邑にやったように、なにもかも燃やし尽くしてやる。溺死させてもいいし、崖の上から落としてやってもいい。覇聖鳳ただ一人を的にかけるなら、非力な私にだっていくらでもやりようはあるんだ。木や竹の串一本だって、刺さりようによっては簡単に人を殺せるはずなんだ」
ああ、いくらでも湧いてくる。
頭の中から、覇聖鳳を殺す算段が、いくらでも湧き出てくるぞ。
そうか、これなんだ。
私の、本当に、心からやりたいことは、これだったんだ!
「お前は、鬼女か。仲間を喪った心痛で、脳が損なわれたか」
「あはは、きっと、そうかもしれません」
お母さん、ごめんなさい。
家に帰るのは、ちょっと、いや、しばらく遅くなるかも。
こっちでやりたいことが、やらなければいけないことができたから。
「もう、なにもできずに足踏みしている自分が、いい加減、許せないんだ。私は、私のやりたいことをやる。手始めに、あのゲスどもを皆殺しにしてやるんだ」
亡くなった邑のみんなの弔いと。
さらに強い熱で私を動かす、復讐の炎。
神台邑を焼き尽くした覇聖鳳とかいうやつを。
「この世から、消してやる。燃えカス一つ残らないようにしてやる! 体を細切れに刻んで地面に散らして、その一つ一つを念入りに踏み潰してやる!!」
やつらがこの邑にした仕打ち。
その何倍、何百倍、何万倍もの痛みと苦しみを、やつらに。
それをしないことには、やり遂げないことには、きっと。
私は私を、いつまでも許せない。
「もうたくさんだ! 後悔するのも、泣きべそかくのも、大事な人と離ればなれになるのも、もう、うんざりなんだ!」
商店ビルの火災からこっち、ずっと考えていた。
なにもできなかった後悔と、なにかしたくてたまらない、私の心の奥にある気持ちと。
ずうっと、私の心の中でぶすぶすと燻(くすぶ)り続けて、じりじりと魂をすり減らしているものの正体を。
お母さんや埼玉の友だちに会えなくなって、せっかく受かった東京の高校にも通えなくて。
それでも出会えた素敵な、小さな、愛しいこの邑をわけも分からず、焼かれて奪われて。
「もう完ッッ全にキレた! これが私の運命なら、徹底的にやってやる! 私をこんな目に遭わせたやつらの喉笛を、一人残らず順に噛みちぎってやるぞ!!」
私は叫ぶ。
灰燼と化した神台邑の真ん中で。
今、私が私であるための、憎しみと呪いの詩(うた)を。
血には血を。
炎には炎を。
恐怖には恐怖を。
絶望には絶望を。
殺戮には、殺戮を!
そっくりそのまま、お返ししてやるんだ!!
「ぬう、どうしたものか、この狂った娘」
玄霧さんは渋い顔で、頭を押さえていた。
しかしそのとき、ふと彼はなにかが思いついたように。
「麗(れい)、ちょっとよく顔を見せてろ」
名前は相変わらず省略されてるけど。
いきなり、玄霧さんは私の顔を、いわゆる「あごクイ」の状態で、間近で覗き込んだ。
え、ちょ。
凛々しく逞しい男の人にあごクイとか、生まれてはじめてなんですけど。
って言うか私、今まですごい勢いで、怒り狂って絶叫してたんですけど。
こういうとき、どういう顔をすればいいのか、わからないな?
「ふーむ。眉は描けると言うしな、うむ、やはり目鼻は似ている。背格好もほぼ同じであろう。あとは化粧と重ね着でなんとでもなろうか」
私の顔面を注意深く観察しながら、あまり色気の感じられない品評をしている。
「あの、いったい、なにが」
わけもわからず顔面をぐにぐに弄繰り回されて、ロマンスのかけらもない。
「金を稼ぎたいと、そう申したな」
「は、はい。沢山、腕の立つ殺し屋を何人も雇えるくらい、稼ぎたいです。毒とか武器とか火薬とかを買い集めたいんです。たくさん稼がなきゃ、ならないんです」
「そうであればいい仕事がある。ともすれば、お前にはうってつけかもしれぬ」
ありがたい話だ、ぜひともお願いしたい。
「なんでもやります。どんな仕事ができるかなんてわからないけど、頑張って覚えます」
泥棒や海賊をやれと言われても、望むところだぞ。
「そうか、せいぜい励むといい」
ニカっとイイ笑顔をして、玄霧さんは、私の勤め先を告げた。
「お前が行くのは、後宮だ」
就職先は、すんなりと決まった。
神台邑を後にして、県を越えて、さらにその上の州も通り過ぎ。
昂国全土の頂点に君臨する、皇帝陛下の後宮に入ることに、なったのだ。
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