さよならをあなたに

周囲の拍手の音で、意識が引き戻された。

前の先生の挨拶が終わったんだ。


会場の後方から声が上がり、花束や寄せ書きを持って壇上に小走りで向かっているグループがある。

本来の式の終了予定時刻はとうに過ぎていた。花束を受ける先生も、それを分かっているのだろう、一言二言のみを交わすにとどめて、生徒を壇の下に押しやると、津川先生に軽く会釈して場所を譲った。


津川先生が壇上に立つ。

いつも着ているものより華やかな色のスーツを身につけている。

長引く式の最後の挨拶者ということもあり、生徒の座っているスペースには弛緩した雰囲気が漂っていた。そんな雰囲気をわざわざ正す気もないのだろう。授業時と同じ声音で淡々と話し出した。


こんな雰囲気の中だ。私だけでも、しっかりと聞かねばという思いはあるのに、途中から話の内容なんて何も頭に入っていなかった。上滑りしたように文字列が頭を巡り、そのままどこかへ消えていってしまう。

自分の身体が発熱した時のようにどこかふわふわとしていた。ポケットの中の手紙だけが重い存在感を発し、自分をこの場に縫い付けているようだ。


津川先生が壇上から一歩下がり、話が終わったことがわかった。

息がつまる。心臓の音というものを初めて意識した。声を上げるなら今しかない。


壇上の津川先生はお辞儀をし、ゆっくりと頭を上げた。少しの間を挟み、元の列に戻ろうと背を向ける。


声を上げなければ。今、あの先生をこのまま立ち去らせてはいけない。何かを伝えたいという気持ちはない。息が苦しいまでの焦燥感のみに迫られている。


「ちょっと待ったー!!」

意を決した時に聞こえた声は自分のものではなかった。

2年生の列の後方から3人の女子生徒がスカートを押さえながら体育館の床をパタパタと滑るように走っている。先頭の生徒は隠しきれない大きさの花束を高々と掲げていた。


壇上に立つ先生の顔が、柔らかく綻ぶのが見えた。

その姿に、よかったと思うと同時に肩の力が抜けた。突然降ってきたかのように、身体に体重が戻ってくる。


女子生徒たちとのやり取りを終え津川先生が生徒を送り出す。全ての先生が壇上の奥の列に戻ったところで、集会の終わりを告げられた。


それぞれの教室に戻るため、体育館の入り口には、ぞろぞろと生徒の流れができはじめた。周りの流れにしたがい、のろのろと腰を上げる。長時間同じ姿勢でいたせいか足の痺れを感じた。この有り様では、たとえ声を上げられていても、壇上までは上がれなかったなと情けなく笑った。

ポケットの中に手を入れ、封筒ごと手紙を握りつぶす。


生徒の流れにのりながら、壇上で生徒に囲まれていた先生を思い出す。

壇上から遠い私でも分かる、あの嬉しそうに綻ぶ顔。


のみ込まない何かが、苦くのどに引っかかっている。

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別れの日に @cancanyomumu

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