あとひとり
あと1人ー
離退任者のリストに津川先生の名前があるのに気づいたのは、離任式の1週間前だ。その名前を見たときに頭をよぎったのは、前期末にあった離任式の山吹先生の姿だった。
たくさんの贈り物を抱える先生の隣で、手ぶらのまま立ちすくむあの姿。
あんな図を見たくない、ただそれだけの、自己満足に近い感情だ。
特別にお世話になった先生ではない、すごく好きな先生でもない。ひょっとしたら、津川先生は、私の顔や名前すら覚えてないかもしれない。
手ぶらであの場にいることも、津川先生にとっては苦痛ではないかもしれない。
ひょっとしたら、前期の山吹先生も何も気にしていなかったのかもしれない。
けれど今、私のスマホの検索履歴には近くの花屋の予約ページが残っている。
どの花をいれるか、いくらにするか、受け取りをどうするか、そこまで設定したのに、注文を確定するボタンは結局買えなかった。
注文してしまうと、もう取り返しがつかない気がして、結局用意することはできなかった。けれど、手ぶらで壇上に上がるのはかっこがつかない。花束の代わりに、昨晩必死に埋めた手紙をポケットに折りたたんで入れてある。
なんの義理もない、手紙だって書く内容が何も思いつかなくて、お礼の定型分の言い回しで埋めたようなものだ。
そんな手紙が、私のポケットで存在を主張してくる。いざとなれば、手を挙げよと。手ぶらのままに、疎まれたと思ったままに、この場を去る先生を作るなと。
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