迂回は吉か

 スタートもゴールも設定しない、見て回るだけのサイクリングという娯楽がある。僕はスーパーのアルバイトで小遣いを貯めて、この間自転車を漸く買ったばかりだ。俗に言うママチャリとは違って、スピードを楽しむ為のマウンテンバイクは黄色く塗られている。スリムでかっこいい折り畳み式のソレに乗る日を、僕は楽しみに待っていた。





 カゴがない代わりに、荷物はドリンクも含めてリュックの中に入っている。普段は森林公園などを走るのだが、今日は違う。ヘルメットを被り、遊歩道を駆け抜け、緩やかな坂を登り、行ってみたいところが確かにあった。電車やバスで行くのが難しい、行けたとしても十分は確実に歩くであろうそこは、所謂古書喫茶だった。



 


 古書喫茶以外にも僕は変わったところへ出かけたことが何度もある。ある時は隣町の動物園だったり、またある時は不思議な雰囲気を醸し出す古道具屋さんだったり。勿論、この自転車は近距離に行く時にも使われている。カゴがないので重い荷物を持ち帰れないという弱点を差し引いても、速いという理由でお使いに行ったこともあった。




 マップアプリによれば、目当ての古書喫茶はここから少なくとも八キロはあるようで、着くとしても最低一時間半はかかるようだった。ホーム画面には『十三時十二分』と小さく表示され、僕はスマホをリュックの中にしまった。

「これなら大丈夫、多分三時までには着く筈だ」

ペダルを踏み、僕は再び走り出す。





 しかし、初めて行く場所だからだろうか。そう易々と目的地には辿り着けない。その上、運が悪いことに道路工事中で近い方の道は完全に塞がれてしまっている。諦めて他の道を行くしかなかった。




 この道で合っているのだろうか、と不安を覚えつつ僕は坂道を登っていた。歩道から見て左手には大きな病院らしき建物が見える。通り過ぎると今度はフェンスが見えてきた。しかしなんだか様子がおかしい。有刺鉄線まで張り巡らされている。

『この中に立ち入った者は法律違反である。パトロール犬が巡回している』

その看板を見た瞬間、僕は確信した。早くここから通り過ぎよう、と。





 猛スピードで坂を登り切り、街路樹ばかりが見えてくるところまでやってきた。周りを見ると、僕以外にも自転車の人はいるし、車道にはかっこいいワゴン車や軽自動車が走っている。横断歩道の先を見ると、どうも大きなスーパーがあるようで、自転車の人達のうち幾人かはそこに入って行った。




 結局、僕が古書喫茶に来られたのは四時だった。ぐったりしながらドアを開け、入り口付近の席に座る。ぼんやりとメニューを見ながら、僕はお冷を貪るように飲んでいた。

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