記憶パズル

 箱の中に入っていたのはただのジグソーパズルだった。なんの変哲もない、ごく普通の。強いて言えば、このパズルの図柄はミルクホワイトでも、写真でもなく、アニメでさえないということだ。箱絵によると、何が描いてあるのか分からない所謂『抽象画』が出来上がるようだった。




 『記憶パズル〜あなたの記憶を呼び覚まします〜』と妙にポップなフォントで書かれたソレに、僕は見覚えがなかった。最近引っ越してきたばかりだが、埃をかぶっていたのを偶然見つけたのだ。箱は色褪せているが、中身は真逆。寧ろ新品同様だ。




 ちゃぶ台の上に百ピース程あるソレを広げ、僕は一つひとつのピースをはめていく。見つけたピースの中にはどこに繋がるのか分からないピースもあるが、そういう時程冷静になった方がいいかもしれない。案の定、ぴったりはまり、徐々に絵が出来上がりつつあった。




「なんだこれは‼︎」

出来上がった絵を見た僕は驚嘆のあまり悲鳴をあげてしまった。それだけではない。出来た絵を見ると自分の意識がぐにゃぐにゃになっていき、ついにはちゃぶ台の上に突っ伏してしまったのだ。




 気づいたら、僕がいたのは見たこともない街だった。目の前にある建物は団地か何かだろうか?少なくとも白く、とても真新しい。その前には小さな公園があり、ブランコをこぐ女の子がいた。平和な風景なのに違和感がある。風が吹かないどころか、風景全てが静止しているからだ。




 静止した団地の中をみて回ろうと、階段を上る。どの扉も鍵がかかっているのか開かないが、次の階に行くと、一つだけ開いている扉があった。




 四階の突き当たりにあるその扉の向こうにあったのは、沢山のゴミ。臭いがしないものの、恐らく今僕が踏んづけたのは絵の具のチューブだろう。他にもキャンバスを壊したと思しき木片や、折れた絵筆に酒瓶といったモノが足の踏み場もないくらいに散乱している。




 一番奥の部屋に行くと、そこには絵の具まみれの机と放置された描きかけの絵、絵の具がついたまま固まった絵筆に、破れて中身が出たチューブ、絵の具が乾いてしまったパレットがあった。驚くべきことに、その絵はパズルのものと同じだった。

「どういうことだ……」

それを知った瞬間、僕の意識はまた遠のいていった。





 気づけば僕は自分の部屋にいた。スマホを見てみると午後六時。外は暗くなっていた。ふと見ると、完成したパズルの隅には手形が付いている。その上に、たった五文字『ありがとう』と書かれていた。



 

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