憧れのスープジャー

 きっかけはほんの些細なことだった。仲良しグループの子達と、教室で弁当を持ち寄って食べていた日。四人分の机をくっつけて、ペットボトルや水筒を端に置き、色とりどりの弁当箱の中には温かな弁当。卵焼きにさばみりん、ピーマンとにんじんが入ったもやし炒め。赤茶色の梅干しが真ん中に乗った白いご飯。お世辞にも私の弁当は華やかとは言えなかった。





 友達の弁当を見回してみると、おしゃれな弁当箱の中にタコさんウィンナーやポテトサラダが入っているのがよく見える。私のはタッパーに仕切りをつけただけの簡素なものだったから気が滅入る。それだけではなく、見慣れない円い筒のようなものの中に、ほかほかのシチューが入っているのを見た時にはとても驚いた。

「ねえ、蘭子!それなあに⁈」

「ああ、スープとか入れるのに便利なんよ。私割とスープ好きやねん」





 帰り道、私は学校から程近い食器屋さんで同じようなモノが並んでいるのを見た。機能性を重視したかっこいい弁当箱に、かわいらしいキャラクターがプリントされたプラスチックの箸。更には友達が持って来ていたのと同じようなタイプの円い筒。スープジャーというらしいが、値段は高い。

「……どうしよう。お母さんには頼めないし」





 悩んだ結果、私はアルバイトを始めることにした。母には「社会勉強の為」と誤魔化し、私は週に三日だけ学童保育のバイトを始めたのだ。元々小さな子の世話は好きだったし、家から近い職場ということもあり、母は快く送り出してくれた。週に三日、学業に支障のない範囲とはいえ、自由に使えるお金が増えていくというのは嬉しかった。




 初めての給料日。通帳を見た私は、

「やったー‼︎」

思わず叫んでしまった。そこにはゼロが四つ、スープジャーが余裕で買える程のお金が振り込まれていたのだ。それだけではない。このまま貯金をしていけば新品のゲーム機やパソコンだって買えるかも知れない。私は希望を胸に、銀行を後にした。





 休日、いつもなら放課後や友達としか遊びに行かない筈の学校近くの駅に降り立った。あの食器屋さんに行くためだ。だが、自動ドアを抜けて、お目当てのコーナーに行くとそこにスープジャーはなかった。




「そこのはね、つい二、三日前に売れてしまったのよ。でも、昨日いいのが入ったのよ」

肩を落とす私の前に、店員のおばさんは微笑みかける。そして、バックヤードへ向かい、少し大きめの箱を持って戻ってきた。

「こういうのも悪くないでしょう?」

そう言って差し出したのは優しい薄黄緑の、フタが木製のスープジャー。少し値段は張るが、私は買うことに決めた。

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