思い込み白昼夢
いつの頃からか、私は自分が石になっていく病気にかかっていた。何故なのか。心当たりは一個だけある。交通事故に遭ったあの日から、母が私をよく心配するようになったのだ。私自身はもう大学生。それが鬱陶しくてたまらない。
妄想が妄想だと自覚出来ているうちはまだ良かった。そのうち私の中で『石になる病気にかかった』という妄想は紛れもない事実となり、私の心まで蝕んでいった。心配する友達も母も跳ね除けた。だからだろうか、ある日私は母から精神科に行け、と言われてしまった。
私が行ったのは隣町にある大学病院の精神科だった。駅からおおよそ十分。ドラッグストアやコンビニ、ファミレスなどが並ぶカラフルな通りを抜けてから更に横断歩道を渡ったところにソレはあった。午前中だから人通りは少ないし、車の数もまばらだ。だが、病院に近づくにつれて、人通りが少しずつ多くなっていく。
自動ドアの向こうには受付があり、私はそこにいる事務の人の指示に従って精神科に向かう。少し急な角度の階段を上り、精神科の待合室に向かうとそこには二、三人程度の人が座っていた。低めの机の上には画面の大きな液晶テレビが置かれているが、音は出ておらず字幕が内容を伝えていた。
「佐原さん、佐原静さん、一番の診察室に来てください」
アナウンスが入った。私は急いでそこに駆け込み、医師に挨拶をした。彼はメガネをかけ、ワイシャツとスラックスの下に白衣を着た中年男性で、髪は刈り上げにしている。
「今日はどのような症状で来られたんですか?」
「私、少し前から身体が石になる病気にかかっているみたいなんです。身体に異常はないんですけど……」
「なるほど、誰かから何か言われたんですね。『それは妄想だ』とか」
「はい……」
「佐原さん、あなたは自分を石ころだと思っていませんか?それも、皮膚だけではなく、骨格まで」
「あんまり石の種類は知らないんですけど、そうですね……。昔博物館のお土産として買ってもらった、深緑の綺麗な石になっていくような感じがするんですよ。それこそ、水の波紋みたいな模様があるあの綺麗な石に……」
「なるほどね……。随分と美しい姿なんですね。でも、今のあなたは人間で、そんな美しい石にはなっていない。少なくとも、手足も首も石には見えませんよ」
「そ、そうなんですか?」
「あなたのような人は珍しくはなくて、それこそ大昔からいるんですよ。自分をガラスやセメント、マイクロチップだと思う病です。佐原さんは紛れもなくそれです」
結局のところ、私は自分自身の妄想によって雁字搦めにされていただけのようだった。だが、こうでもしないと私は逃げられない気がするのだ。
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