夕暮れ時のキャッチセールス
空が茜から藍に変わりつつある頃、部活が終わった。街灯の灯も点き始め、校庭を見下ろす大きな木は青々とした葉に覆われていることが辛うじて分かる程度だ。月が雲間からひょっこり出てきて、スマホを確認すると、もう六時になっていた。
学園の門から出る人は少なくなっていたが、大きな通りに出ると、人通りが多くなっていく。仕事帰りのサラリーマンが多い気がする。皆、急いで帰路に向かっているように見えた。
「あの、少しお時間よろしいですか?」
私は横断歩道の前で声をかけられた。見ると、そこにはバインダーを持った若い女性が立っている。スーツを着ているので、どこかの会社員だろうか。クリップには黒いボールペンも一緒に挟まっていた。
「アンケートに協力して頂きたいんですが……」
バインダーの中身はアニメ映画のリーフレットで、見慣れた声優さんの名前が載っている。だが、私はそんなものに興味はなく、
「急いでいるので……」
そう言ってその場を後にしようと横断歩道を渡ろうとした。
「少しだけでも……」
「興味ないんです!」
「二、三分で終わりますから」
「しつこいですよ‼︎」
「今アンケートに答えて頂いたら……」
「急いでるんですよこっちは‼︎」
彼女は一歩も引こうとしない。あまりにしつこいので、私は一目散に駆け出した。
遠目から目を遣ると、さっきの女性がゆっくりとだが追いかけてくるのが分かる。人混みに紛れながら、私は逃げられそうな店を探した。それはすぐに見つかった。
よく行く古本屋がエスカレーターを上った先にあるそこは、一階でキャラクターグッズや文房具が売っていた。あそこなら追いかけて来られないだろう。そう思った私は、入口を目指して一目散に駆け出した。
振り返ってみると、さっきの女性はもういない。
彼女は何をしようとしていたんだろう、と思いながら、私は息を切らしながら漫画の立ち読みをしようとエスカレーターの段に足をかけた。
帰って来たらもう八時を過ぎていた。台所からはいい匂いが漂ってくるが、何故あの女性が声をかけて来たのか私には理解出来ない。そのことを母に話すと、
「なるほど、キャッチに引っかかりそうになったのね」
と、頷いた。
「キャッチ?」
「お母さんも一度引っかかりそうになったことがあるのよ。気をつけな、ね?」
「寄り道目的はあったけど、ちゃんと逃げたから」
母曰く、人通りの多いところでも気をつけなければいけないものはあるらしい。が、私にはあまり関係ない気もした。回避の方法は幾らでもあるから。
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