変わらないやつら

 ある朝目覚めると、僕は海の中にいた。手足はなく、二枚の硬い殻が僕の動きを邪魔する。骨もなく、舌もないが口はあった。砂だらけの冷たい水底で這いつくばっていると、仲間だろうか。同じような殻を持った柔らかい躰の貝がこちらへやってきた。




 僕より一回り大きな躰を持つ貝は、

『やあこんにちは』と挨拶をした。喋っている訳ではない。何となくそう聞こえただけだ。僕は驚き戸惑うが、相手には見えていないらしい。少しして、僕も挨拶を返したが、彼はニコニコと笑っているだけだった。




 どうも彼は人間でいうおじいさんのようで、三百年はゆうに生きているという。だから海のことなら何でも知っている反面、陸のことは何一つ知らないという。

『若いの、知りたいことが何でもわしに聞いておくれ。わしはこの辺り一帯を知り尽くしておるからのう』

本当に世話好きな貝だな、と僕は思った。




『あの……』

『なんじゃ若いの⁇』

『僕の仲間ってどこにいるんですか?』

『もう少し先に行けば見つかるさ。着いてくるか?』

『はい!』

ゆっくりゆっくり、もしかしたら亀よりも遅い速さで、僕達は二人で仲間達のもとへ向かっていった。




 ウミユリやサンゴ、更にはナマコやらなんやらが音もなく歩く僕達を見送っていく。海の中ってこんなに綺麗だったのか、と思うが、同時にゆらゆらと漂う何かが僕達のずっと上を通り過ぎていった。アレに僕は見覚えがある。人間が捨てたプラスチックのゴミだ。

『アレは……』

すると爺さんが口を開く。

『アレは最近よく見かけるんじゃが、噛んでも消化出来ないんじゃ。仕方ないからわしらも見守るだけにしておる』

『………』

僕は何も言えなかった。




 人間だった頃の僕は二本足で立って、黒い服を着て「学校」ってところに行っていた気がする。海沿いの街に住んでいて、自転車で学校に通っていたような。そうだっただろうか。僕は最初から貝だった気もするが、今となっては分からない。




『おじいさんでも知らないことって、あるんですね』

『アレの名前さえ分かればな……』

その後は何も言わずに歩いて行った。




 爺さんがいう仲間のところには二時間程で着いた。赤いイソギンチャクやワカメ、ウミブドウが砂を彩っているそこには、僕とそう大きさの変わらない貝が二、三人いた。それよりもっと小さな貝や、大きな貝もいる。皆が皆、僕と会えて嬉しそうだ。




 爺さんと一旦別れて、別の貝達と談笑に興じていたところ、上から何かが覆い被さり、爺さん達を攫っていってしまった。

『おじいさあん‼︎』

僕は叫ぶだけで助けられない。そのまま爺さんと他の貝達は攫われていき、残った貝は二人になった。

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