新商品
その日、私の眼前に現れたのは大きなジュラルミンケースだった。大事な商談を前にして、目を丸くする私をよそに、青年はケースを開ける。そこに現れたのは、大量の保冷剤に守られたアイスクリームらしきカップだった。
「どうぞご賞味ください。我が社の新商品です」
彼はにこやかにソレを差し出した。
カップは紙製で一周させたところ、表にラベルの類は貼っていないようだった。一応、裏にはバーコードや原材料、成分が表示されたラベルが貼ってある。透明なフタからはソレがバニラアイスだということが伺える。肩透かしを喰らいそうになりつつ、私はスプーンを手にとり、アイスの中に突き刺した。
掬って口に運ぶと、コレがどうしてなかなか美味い。新商品として試験的に持ってくるという判断は正解だった、と私は考えている。しかし、どうしたことだろう。何故かバニラアイスの風味以外に、ほんの少しだけ豆腐の味がするのだ。日本人は面白いことを考える。今までずっと味噌スープの中に浮いていて、醤油で食べるだけだった豆腐をあろうことか菓子として提供しているのだから。我々アメリカ人には到底考えつかない斬新な組み合わせだ。
「ほんの少しだけ豆腐の味がするな。実に面白いことを考える」
「ありがとうございます。実はソレ、我が社が開発した新技術で作ったバニラ風味のアイスなんです」
「新技術……?」
「はい、我が社は菓子メーカーとしてこれまで生きて来ましたが、つい数週間前に海外の研究チームと一緒に、プラスチックゴミからバニラフレーバーを共同開発することに成功したのです。コレで環境問題に貢献出来れば、と考えたのですが……」
「なんと‼︎」
豆腐にアイスという組み合わせも斬新で面白いが、それ以上に私は度肝を抜かれてしまった。聞けばこの技術は、バクテリアや酵素でゴミを分解し、ソレを食品添加物としてある意味で再利用しているというのだ。使えなくなったゴミを転用するという意味では究極のリサイクルともいえるだろう。この技術が確立した暁には世界中でプラスチックアイスが売られ、ゴミ問題が解決する日も来るかもしれない。
「安全性などの検査はしてあります。既に幾つかのお店で販売されていますが、危険性などは一つも報告されていません。是非、給食などにいかがでしょうか」
「ふぅむ、ゴミから出来ていると言われたら子供達が敬遠しそうだが、やってみるか」
こうして商談自体は一応成立したが、少しだけ気になったことがある。
「豆富?豆腐ではないのか?」
「腐という字がグロテスクな連想をさせてしまうもので……」
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