最後の晩餐

 鉄格子に囲まれた薄暗い部屋の中で俺は目を覚ました。硬いベッドの上には薄い毛布が敷かれている。明かりのスイッチは見当たらず、傍にはトイレと洗面台があるだけ。冷たく寂しい独房に、もう何年も閉じ込められていた。俺が死刑囚だからだ。




 きっかけは長年の恨みつらみが、堰き止めることさえ出来ない洪水のように吐き出されたことから始まった。俺は女という生き物に恨みがある。ソレはこの世に生み落としたお袋に始まり、散々コケにした小学校時代の幼馴染、告白しても付き合ってくれなかった初恋の相手。それ以外にも沢山の女達が俺のことを嘲笑い、見下していた。





 そもそもの話、お袋は碌でもない女で、毎晩のように遊び歩いていた。男がいなければ生きていけない人間の元でマトモに暮らせ、という方が耐えられない。そのくせ酔っ払って帰って来た時は甘えて来る。そんな生活を繰り返しているうちに、彼女はバスに轢かれて死に、俺は孤児院に送られた。




 今までに俺は何人もの女を殺して来た。強盗紛いの理由で殺したこともあれば、薄暗い路地裏で用済みになったから殺したこともある。そうして国中を転々として、遂に捕まった。




「621番、621番!聞こえているのか」

中年の、恰幅のいい刑務官の声が耳に入ってくる。続けて、

「最後の晩餐は何がいい?」

と尋ねてきた。

「最後の、晩餐……ッスか」

「そうだ。とびきり豪華なものでもいいんだぞ」

俺はしばらく考え込んだ。




 今までの人生、生きてきて何が好きとか嫌いとか考えたこともなかった。だが、一つだけ記憶の奥底にあるモノがある。

「………クッキー」

「何だって?」

「おからクッキー」

それを聞いた刑務官は腹を抱えて笑い出した。

「ぶっ、ぶはははは‼︎お前が、お前みたいな凶悪犯がおからクッキーって……」





 数十分後、俺はテーブルと椅子だけがある六畳程の部屋にいた。椅子は折り畳み式のパイプ椅子、テーブルは天板だけが木のそっけないものだ。その上に、水が入ったグラスと茶色いクッキーが十二個入った白い皿があった。俺は、ソレらを目にするやいなやすぐ口に運んだ。側から見ればがっついているようにも見えるかもしれない。二つ口に入れ、噛み砕いたが優しい甘さ故だろうか。涙が自然と出て来てしまう。





 四個程つまんだところで一旦水を飲んだ。氷は入っていないようだが、まろやかな味がする。水道水ではないことだけは分かる。それからも俺はクッキーを噛み砕き続けた。欲を言えばあと八個くらい欲しかったが仕方ない。俺は泣きながらしばらくぼんやりしたままだった。







 




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