違和感

 毎年夏休みにおばあちゃん家に行くと、そのツボは必ずあった。台所の、糠床より大きなつやつやした茶色のツボ。古そうなのに、何故か新しく見える。だが、中身を見せて貰ったことは一度もない。いつもフタがされていて、覗くことさえ出来なかった。匂いからして恐らく食べ物か何かなのだろうが。




 おばあちゃん家に泊まりに来てから二日目、彼女はツボの前で何かをぶつぶつと呟いていた。ツボそのものは台所から一度も動かされた形跡がない。

「もう少し、もう少しだから……」

私は声が聞こえたので思わず足を止めた。まるでおまじないか何かを唱えているようだ。でも、何故そんなことをしているのだろう。とも思ったが、タイミングが合わず、訊くことは叶わなかった。




 違和感の正体が解けたのは、それから数十日経った頃のことだった。その時はもう夏休みも終わっていて、外では木枯らしが吹いていた。教室ではストーブが使われ始め、子ども達の多くが外に出るのを渋る時期だ。学校から帰って来ると、玄関に小さなダンボールが置いてあったのだ。運ぼうとしたが、ずしりと重い。カッターで開けてみると、私は驚きのあまり声をあげてしまった。




「何これ⁈」

「あら、梅干しじゃない。夏の間ツボの中で漬けてたやつ。おばあちゃんお裾分けしてくれたのよ」

「梅干しって茶色いの⁈赤かと思ってた」




 そう、あのツボの中身は梅干しだったのだ。ゆかりこそ付いているが、赤茶色のソレは口にするととても酸っぱい。どうもシソの量次第では赤い梅干しも作れるようだが、何故だかおばあちゃんはソレをしなかったらしい。いつも食べているカリカリ梅とは違い、本当に酸っぱくて塩の味がする。余計なものは一切入っていないのだ。




 母は私に言い聞かせるようにして、

「こういう梅干しってね、贅沢なのよ。今じゃこういうの殆ど見かけないから。見かけたとしてもとても高いのよ」

「そうなの?」

「それに、おばあちゃんももう年だから。大事に食べた方がいいわ」




 あの梅干しは必要な時に取り出すが、普段はチャック付きの袋に入れて冷蔵庫の中にしまってある。一度自分の小遣いでスーパーの梅干しを買って食べてみたが、色以外は何故か違和感しか覚えていない。というのも、変に味がマイルドだったり柔らかいせいか、食べやすくはあるが物足りないのだ。少なくともおにぎりには入れられない。





 数年経ってもあの時の梅干しはそのままの味で食べられる。塩の結晶こそ付いているが、それもまた醍醐味の一つだろう。

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