案外適当な就活
実は僕自身、自分の人生に多少の後悔がある。親に言われるままの人生を歩んできたばかりに、大学に入り、試験を受けて教師になった。両親は共に教師だったから、ある意味でそうならざるを得ない環境にあったともいえる。だが、若くして中学教師になったせいもあり、僕はこの五年ずっと目を逸らしていた。
自由がないということ。生徒から慕われる先生になりたい訳ではなかった。あの頃は人生に期待などしていなかったからだ。お陰で旅行などが出来ず、知らないことも多くなってしまった。だからこそやり直したいと思ったのだ。
二、三回電車を乗り継ぎ、そこから十分程歩いたところにその事務所はあった。履歴書は郵送してあるから心配要らない筈だ。大きくてかっこいい、大都会にあるようなオフィスビルという訳ではない。寧ろマンションにさえ見える雑居ビルだ。壁にある、金属製のボードには階の横に何の会社や事業所があるのかが刻まれている。僕が行くのは五階にある『株式会社富士見商事』だ。
エレベーターに乗り、ボタンを押す。車椅子の人への配慮がないのか、横にボタンも手すりもない。然程広くはなく、『定員六名』の文字が示すように、混んでいたら押し潰されてしまいそうだ。
やがて、目的の階に着いたソレは扉を開けた。その向こうに、『富士見商事』の看板が目に入ると、僕は嬉しさの余り駆け出しそうになった。
ドアをゆっくりと開け、
「こんにちは……。本日面接をさせていただく沢田です」
「沢田さんですね。私社長の藤田です」
そう言って恰幅のいい中年の男性に案内され、僕は椅子とパソコンだけの部屋に通された。
「では、面接を始めさせていただきます」
「本日はよろしくお願いします!」
「履歴書を見せて貰ったけど、中学の教師やってたんだってね。どうして辞めちゃったの?」
「……新しいことを始めようと思ったんです。このまま一生教師でいいのかなって。そんな時、インターネットで御社の求人を目にしまして、ここに入社しようと思い立ったんです」
「なるほどね。でも言う程ここは大した会社じゃないよ?」
「いえ、そんなことは……」
藤田さんは溜息をついた。
「結果はメールで一週間以内にお知らせしますんで。本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
僕は礼をしてから静かに部屋を出た。
二日後に会社からメールが来た。結果は採用。だが、藤田さんは僕のどこが気に入ったんだろうか。本物の熱意なんてあの時は無かった筈なのに。案外就活なんて適当なものなのかもしれない。僕はスマホを机に置き、スーツに袖を通した。
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