第16話 大村さんから告白される
大村さんが運命の人ではないとわかってからも、俺は彼女とのデートを重ねていた。
ヤマトさんは俺にそれでも好きなら彼女を選んでも構わないと言った。
俺が大村さんを選んでも、この俺たちの生きている世界が壊れるわけではないからだ。
本気で好きな人となら100%幸せになれるだなんて言わない。
けれど、本気で好きなら運命など関係なく、彼女を選ぶべきだと思った。
そう、それが本当の気持ちなら。
この日は会社帰りに2人でディナーを楽しんだ。
最初の頃に選んでいたおしゃれなレストランなんかではなくて、もっと気軽に入れる飲食店や居酒屋を選ぶようになった。
それでも彼女は不満1つ言わずに、何か食べる度に「これ、美味しいですね」と笑いかけてくれる。
そんな背伸びしない大村さんは素敵だ。
俺はいつも黙って彼女の話を聞いていた。
最初は会社の同僚の話なんかになるんだけど、そのうち息子の将君の話になって、最後は思い出話なんかが入ってくる。
彼女は実に楽しそうだった。
特に息子の話をしている時、彼への愛が伝わってくるようだった。
俺の母はもう3年前に死んでしまったけど、母も俺の事を大村さんぐらい大切に思ってくれたのだろうか。
不器用な女性だったから、直接言葉で伝えられたことはなかったが、そうであったらいいなと思った。
「土方さん?」
大村さんは俺の顔を覗き込んで話しかけてくる。
俺は慌てて、顔を上げた。
「話、聞いてます?」
彼女は少し不満そうな顔をした。
ついぼおっとしてしまったと反省する。
「すいません。ちょっと昔の事を思い出していて」
「どんなことですか?」
「いえ、たいしたことではないですから……」
大村さんの質問に俺は言葉を濁した。
こんなこと彼女に話しても仕方がないと思ったからだ。
彼女はそうですかと少し寂しそうに答えて、席を立った。
「土方さんについて来てほしい場所があるんです。お時間大丈夫ですか?」
彼女はいつもの微笑で俺を誘う。
俺はもちろんと答えて、席を立った。
彼女が連れてきてくれた場所は、夜景が綺麗に見える港の公園だった。
周りにはちらほらとカップルが夜景を楽しんでいる。
俺たちもこうして一緒に夜景を見ていると、彼らと同じように恋人同士に見えるんだろうかと思った。
大村さんは柵に手を乗せて、夜景を眺めながらつぶやく。
「夜景、綺麗ですね」
俺も彼女の隣に並んでそうですねと答えて同じように夜景を眺めた。
少しの間、俺たちは黙って夜景を見ていたが、その沈黙を破るように大村さんは俺に提案してきた。
「土方さん、私たち、付き合いませんか?」
まさか、大村さんの方から告白して来るとは思わなかった。
それはやはり男である俺の役割だと思っていたからだ。
ほんの数か月なら、きっと即答で付き合いましょうと答えていたと思う。
けれど、即答できない俺がいた。
それは、天命だとか運命だとかそんなのことは関係ない。
「将も土方さんの事、慕っているみたいなんです。あの子があんなに賛成してくれることなんて珍しくて、私、本当に嬉しくて……」
わかっていた。
大村さんの頭の中にはいつも息子がいた。
将君が喜ぶから自分も嬉しい。
その気持ちは嫌でも伝わってくる。
将君自身も俺と自分が付き合うことに賛成はしてくれた。
協力もしてくれた。
けど、そういうことじゃないんだ。
「大村さん自身はどうなんですか?」
「え?」
俺の言っている意味が分からないのか、困った顔で俺を見た。
「大村さん自身は俺の事、好きなんですか?」
こんな恥ずかしい質問、数か月前の俺なら聞けなかった。
大村さんは戸惑うようにそわそわし始めた。
「と、当然じゃないですか。いい人だって思わなければ、付き合いましょうなんて提案しません」
「いい人ですか……」
俺は所詮、大村さんの中ではいい人止まりだ。
息子が否定しない、都合のいい男なのかもしれない。
息子の父親候補として、俺は当選したのだ。
けど、大村さんの恋の相手として合格点はもらえているのだろうか。
それ以上に彼女は俺に対して恋愛感情があるのだろうか。
「大村さんは今、将君の為に俺と付き合おうとしています。そして、将君もお母さんの為に、俺を推薦してくれています。2人に認められたことは嬉しいことですけど、俺はやっぱり大村さんの本当の気持ちが大事だと思っています。それは将君も一緒です。お母さんは自分で相手を選べないから、自分に選ばせているんだと言っていました。息子を大切にするあなたは素敵です。けど、俺は息子の為だけに恋人を選ぶべきではないと思いますよ」
大村さんは唖然として声が出なかった。
俺は小さく笑って見せた。
「俺、大村さんの事好きでした。ずっと素敵な女性だなって憧れていて、どこかで理想の母親のようなものを見ていたのかもしれません。でも、大村さんは俺の母親じゃない。理想にしてもいけない。そう思ったとき、分かったんです。今の俺は恋人として、異性としてあなたを見られていないことを。本当にあなたを愛していれば、あなたがどんな気持ちで俺の事を見ていようが、その気持ちを受け止めようと思いました。けど、今の俺にはまだそれが出来ません」
実質上、俺が大村さんを振ったことになるけれど、これはお互い様なのだ。
どこかの偉い人が恋愛は錯覚だと言った。
人は勘違いをして人を好きになる。
それでもお互いに幸せであればそれでいいと思っていた。
でも、事実を知った俺はもう勘違いできない。
思い込みだけで、大村さんや将君の幸せを築いてあげる事は出来ないのだ。
これは神様が言ったからなんかじゃない。
きっとあの天命がなくても、俺は彼女からの申し出を断っていると思う。
「わ、私は……」
大村さんはそれ以上、何も言えなかった。
将君の為に懸命に父親代わりを探していたことは自覚していたのだろう。
しかし、いざ、将君ではなく、大村さん個人が俺の事を好いているのかと聞かれたとき彼女は迷った。
本当に好きなら迷う必要なんてない。
まっすぐと顔を見て、好きだと言えばいい。
少し気まずくはなったけれど、俺たちは公園を離れて駅に向かった。
その間、ずっと黙ったままで、唯一会話をしたのが『また明日』だった。
また俺は大事なチャンスを自ら手放してしまったのかもしれない。
けれど、それ以上にもう自分に嘘をついてまで生きるのに疲れてしまったのだと思う。
それから、数週間経って、俺は前と同じような意味のないルーティーンを生きている。
気まずくはなったものの、社内では依然と同じように大村さんとは挨拶をしたり、軽い世間話をする仲だ。
朝のダメンズ新選組のたばこタイムも変わっていないし、待ち時間に無駄に時間を取る昼休みも、そして苦手な報告書作りも変わっていない。
何か変わったとしたら、1つだけだ。
「としろぉ!!」
俺に向かって満面の笑顔で声をかけてくる女子高生がいる。
その後ろには呆れた顔でその女子高生についてくる友人がいた。
「年上を呼び捨てにするのは辞めろ!」
俺は里奈に向かって軽くチョップをあびせる。
なぜか里奈は嬉しそうに笑っていた。
「いいじゃない。敏郎は敏郎なんだから」
そう答えたのはどこか偉そうな里奈の後ろにいる市子だった。
おっさんの日常に似つかわしくない女子高生との交流。
時々、疑わしい目で見てくる大人たち。
それにも随分慣れてしまった自分が悲しい。
そんな俺に里奈は容赦なく、腕に抱きついてくる。
お前は俺の姪っ子の晴香か!
「お前、余計誤解されるような行動をとるな!」
「いいじゃん、いいじゃん! それより今からマッグ行かない?」
里奈は俺を友達のように誘ってくる。
後ろにいる市子に助けを求めたが、市子はわざと目をそらすだけだった。
この野郎と俺は市子を睨みつける。
「行かない! 俺が誰だと思ってんだよ!? 中年のおっさんは女子高生と一緒にマッグになんて行かないの!」
里奈は不満そうな顔で俺の顔を見てくる。
「誰って敏郎じゃん! おっさんがJKとマッグに行っちゃだめなんて法律はないでしょ?」
里奈はそう言って強引に俺を連れていく。
更に周りからの目線が気になる。
お前たちJKが思っているより世間の目は厳しいんだよ!
「お前も何とか言えぇ!!」
俺は後ろにいた市子に叫んだが、ふっと馬鹿にしたように鼻で笑って答えた。
「堪忍してお縄にかかりな」
それ、何のセリフだよ。
俺は脱力した状態で、女子高生にマッグに拉致されていった。
おじさんは女子高生に恋をする 佳岡花音 @yoshioka_kanoko
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