第2話 凡人少女と音の弾み
自室に戻ってきた私はパソコンを起動する。今日はまた楽曲制作でいいやと思い、自分がいつものように使うソフトを開いていく。
「……」
ふと、保存しているファイルに目がいく。そこには過去の遺産とも言える曲の数々。久しぶりに聞こうと思ったが、やめた。
「あれはもう私であって私ではない。今を見ていかないと、もし聞いていたら作業の邪魔になる……」
あれはあの人に今の私を見つけてもらった時に再開する。そう決めているのを自分自身が忘れてはいけない。
「さてと……、昨日までで既に大部分が終わっているからあとは細かい調整と動画内の映像イラストだよね……」
映像の制作作業。これが私にとって楽曲制作では辛いものかもしれない。なにせ、学力もそうだが画力だって家族内ではかなり下手な部類だと自負しているからだ。
それもあって身内から自己肯定感が低いとよく言われたりしていた。
「始めは下描き……」
細かい音源の調整はあとに回して今は頭の中で構想してある映像を簡易的にペンタブで描き起こす。
今回の曲のテーマを自分のことについてやってみようと思い、それの雰囲気にあってそうな絵を描いていく。
「曲名も考えないとな……歌詞も一部分は決まりつつあるし……」
頭の中の空想で決まっている大雑把な曲の形『過去』、『今』。そして、『記憶』。
制作している今の曲は昔と今を比較するような曲でもあるからそのことからこの曲名だと思いっきり、メモ帳に忘れないように書いてパソコンに貼り付ける。
曲名
『リバーシブル』
表裏一体。過去も今もどちらも私。それは同一の存在。
自分自身とは切っても切れない関係。過去を否定したくてもそれが自分なのだから肯定しなければならない。今と変わらない劣等感。
そして、遙か先の望み。
私は背景を描く手を止め、想像力の働き始めた頭で曲のメロディーを創り出していく。
「ここはベースをメインにして低音を主張して……こっちはサビに入るから盛り上げていかないと……」
創った音を何度もリピートしては修正し、消しては創り直す。音は綺麗でもそれが作者の創りたいものとは限らない。感情のままに創り、目的のために気に入る物が来るまで音を混ぜ込む。
「宵音ちゃん? そろそろお昼よー!」
お母さんが呼びかけるが、集中状態になった私に届かない。
ただ創りたいものと思ってしまったものを満足がいくまでブルーライトで照らすパソコンの画面とにらめっこをする存在になった私はひたすらに試行錯誤を繰り広げ、独学で積み上げた作曲技術を用いて新たなる一曲を創っていた。
この時の私のお供のエナドリは今日も飲みかけのものを一本飲み干されてカランと音を鳴らした。
「まだ工夫も出来る……いや、最初のAメロをもうワンパターン作って比べるか……」
創りたいというものには全てをぶつける天明宵音という少女は完成するまで眠ることを知らない。
・
・
・
「ん〜〜〜〜」
ようやく作業が終わり、満足したものを作った私は両腕をバンザイして背伸びをする。
「……お腹空いたなぁ」
あたりを見渡せば空になったエナドリ君が何本も転がっている。
カーテンで隠された窓からはうっすらと太陽の眩しさが滲み出ている。
時計を見れば午後1時と表示されている。
「ご飯、お昼の残りがあるよね……」
全くではないがあまり動かすことのない運動不足気味な身体で階段を降りていき、リビングへと歩を進める。
「……お昼の残りある?」
「起きるの遅かったわねぇ。もしかして夜更かししてた?」
「えぇ? 私は朝ご飯食べてからずっと作業してたんだけど……」
「あのねぇ、宵音ちゃん。部屋に籠もってから丸一日経ってるわよ?」
「まさか。今日は5月19日でしょ?」
「今は5月20日の午後1時7分よ」
「……」
時間とはこんなに進みの早い物だったのだろうか。
「学校。遅刻確定♡」
「今日は休みま」
「昨日、学校は明日行くって行っていたでしょ?」
私の言葉が遮られ、逃げ場も失う。反抗でもしてお母さんを怒らせてしまうと酷いことになる。針千本を無理やり飲ませることよりもっと酷いことになる。
だから結果的に選択肢は一つしかなかった。
「お昼ご飯食べて学校に行ってきます……」
私は一睡もしていない状態で遅刻して学校に行かないといけなくなった。
部屋に引きこもりたいです……。
凡人少女は嘘を吐く 暗雲 @Kurakum0_ST
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