北風と太陽と『仕方ない子ら』

真塩セレーネ(魔法の書店L)

願い

「風くん、俺もう飽きたよ」

「えー。それが仕事じゃん仕方ないよ、辞めれないもん」


 ビルの間を人々が縫うように忙しなく歩いている。その様子を見下ろしながら、雲を避けるように差し込む日差しはまだ暑い。


 雲を生み出す北風の風くんに文句を言いだした太陽の陽くんはご機嫌斜めだ。


「ブラック企業じゃん」

「いや、企業ってか地球だし。僕らが居なくなったらみんな困るよ」


 ここのところ、どうやら陽くんは仕事に対してマンネリ化して退屈らしい。


「うーん」

「ほら仕事きたよ〜」


 背中は無いけど、あれば押すかのような僕に『仕方ないな』と仕事に行く陽くん。彼が向かうのは地上の人々、特にビルの谷間のスーツや様々な服で働く人たち。


「頑張れ、お前ならできる! 行け、汗を流せば血となり肉となる! それが経験というものだ。喝っ」


 拳を握り(無いけど)、大きな張った声で応援する陽くん。


「あっっつ。陽くん熱くなり過ぎ! もっと優しく!」

「はぁ? 大丈夫だろ、古典的にも北風と太陽じゃん」


 そう、僕らはかの有名な『北風と太陽』なわけだが……


「それは過去でしょ! もう歳取ってんの僕ら。今の子は繊細で優しいんだからガッツじゃ無理だよ」

「えぇー……」


 昔の話で、北風と太陽が力比べで勝負した話だ。歩いている旅人の上着をどちらが脱がせるかの勝負。みんなが知ってるのは一番最初の『遊びの勝負』だ。それがいつのまにか『仕事』に変化して今に至る。


 元の『遊びの勝負』には、近道より遠回りという教訓の意味がある。もちろん他の解釈もあるが有名どころはこんなところだ。


 最初は応援して待つ姿勢で勝っていた陽くんも、時代と共に熱い応援へと変わっていった。


「ごめんね〜あ、ほら。少し前向いた」


 こういう時は、そよ風を吹かせて頬を柔らかく撫でて下から上へと舞あげる。そうするとコンクリートばかり見ていた人々は次第に顔をあげるんだ。


「あれ……今日すっごい綺麗な青空」


 そう呟いた人の汗は努力が滲んで眩しい。


「柔らかくかー、どうすれば……」


 太陽はそんな風の姿を見て、ため息をつきながら考え動き出した。雲を呼び空を少しばかり灰色にすると後ろから光を放つ。


 すると、人々は雲間の美しい光を見て微笑んだ。


「お、陽くんも出来たじゃん」

「やれば出来るさ。雲から可愛く覗き込む作戦だ」

「ははっ、あざとい」


 僕らは仕事のライバルでもありながら仲間でもある。


「おい、あれ。そんなに大事かボランティア。やり過ぎて身を滅ぼしてるぞ」


 その言葉に地上へ顔を向けると、人助けをしている人間がいた。


「ああ、利用されてるね」


 人は時にその身に余るものを背負う。なぜかは知らない。けど、


「断ればいいだろ、ああ、断らない……なぁ」


 陽くんもその人に似てお人好しだから分かるのか、助けても良いよな? って目で訴えてくる。


「心配になるね」


 そこが良いところでもあるけど、心配なところでもある。


「昔はあの子らは夢を掴むんだー、とか言って突撃していったものだが……今は自分より他人を優先しがちじゃないか?」


 陽くんは物申したいみたいだ。


「けど、自己満足で終わるのも違う気がするよね……人に幸せを与えようと動くのはけして恥じることじゃないさ」


 ボランティア精神はとても良い行いだ、悪ではない。


「……わかってるけどよ。動けず、このままじゃ彼奴、氷るぞ」


 氷るというのは、物理じゃなく心が氷ること……下手をすれば割れてしまう。


「人に化けて? ああ、ライン越えか。また始末書か~けど良いよ、それが陽くんだからね」


 そう言うと直ぐお礼を言って地上へ降りていく。太陽の眩しいギラギラさで、その人の周りに群がっていた人を遠ざけていく。


「たまには、強く引っ張って、強く押して欲しいらしい。加減が難しいわ! まったく」


 愚痴言いに帰ってきたかと思えば嬉しそう。……始末書書くか。無申請で人に化けて人間界に降りましたと。


 けどこの結末に少しスッキリするんだ、僕も。


 助けたあの人間は健康になってからボランティアに励むから。より多くの人々を救えるだろう。


「ややこしいな~今の子らは」

「賢いんだか、愚かなんだか人間って面白いよね」


 僕も昔に比べて随分丸くなったと思う。地上の人々にも情が移ったのかな。


「……けど目が離せんわ」


 本当にそう思う、なんて罪深い人々だ。


「世話のやける子どもだね?」

「まったく仕方のない奴らだな」


 何だかんだ僕らはこの仕事に飽きつつもう何百年? 何千年? 今日も僕らは見守る。これだけ続いたのは存外この仕事を楽しんでるのかもしれない。


 僕らは共に生きている。そばに生きているよ────


 だから目が離せない『仕方ない子ら』よ、健やかであれ。




End.



【あとがき】

 本書に真実は一切ありません、虚構楽園フィクション パラダイスです。小説は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ございません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


 ────羽ばたいて空の彼方へ。あなたには羽があること忘れないで。



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