私と鳴海沢君の疑似逃避行劇序章②
ホームに電車が来て、私と鳴海沢君は乗り込む。電車の中は人がまばらだったが、椅子は全て埋まっていた。私と鳴海沢君は手摺に寄りかかるように横並びで立つ。
車窓から見える景色は移り変わりが激しく、ずっと見ていると目眩がしそうになる。だからといって、横を見ようものなら淡麗な横顔の鳴海沢君がいるから、それもそれで心が苦しくなって視線の行き場がなくて右往左往する。
ガタンガタンと電車の揺れ動く音だけが耳にやけに聞こえてきて、私の緊張度合いが鮮明に分かる。今、私は鳴海沢君と二人きりでどこかへ出かけている。この事実が嘘か本当か分からなくて、横をちらっと見てみるとそこにはちゃんと居てほしい人はいる。だから、これは本当なのだと分かると余計に心臓は早くなってしまう。
二人の間に沈黙が流れる。太陽の光が私の顔を照らして、眩しいと目を閉じたり開けたりを繰り返すだけなのに、この瞬間がただ心地が良い、電車に流れるアナウンスも少しだけ音が漏れている女子高生の漏イヤホンの音も。
私は電車に揺られながら、目的地を聞いていなかったことに気付いた。なんで、こんなことに今更ながらに気付いたのか理由は明白だけれども、何処へ向かっているのか気になり始めたら心はソワソワするのものだ。鳴海沢君に何処へ向かっているか聞こうかと迷ったけれど、こうして目的地が分からずにただ揺られているのもありかもしれない。それに今はただこの空間を味わっていたい私もいるから。
電車に揺られて三十分。車窓からの景色が澄み渡るかぎりの美しいマリンブルーの海になった時、鳴海沢君は「ここで降りるよ」と小声で私に言った。耳元で囁かれた私はドキッと胸を跳ねさせながら「うん」と返事をした。
電車を降りると、フワッと海の匂いが鼻の奥をくすぐり潮風が肌を撫でる。
「鳴海沢君、ここが最初の場所?」
「うん。夏海さんに話しかけた時、海の話題を出したから最初に来たかったんだ」
「とかいって、私がヒロインに似てたから一番雰囲気のある場所に連れて来たかっただけじゃないの?」
「…………さっ、行こうか」
「えっ、ちょ、待ってよ。今の間はなによ」
鳴海沢君は私の問いかけに応じる素振りすら見せず、どんどんと前へ進んでいってしまう。私は沈黙と間は肯定だと受け取るタイプの人だから、これもそうだと思いたいけど相手が鳴海沢君のせいでそう簡単にも思い込めない。
ズカズカと進んでしまう鳴海沢君の背中を親アヒルに必死に着いていく、子アヒルの如く早足で追いかけていく。
鳴海沢君の擬似逃避行劇 青いバック @aoibakku
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