私と鳴海沢君の擬似逃避行序章
夜も更けて、月が煌々と町を照らす八時。私は自室のベットでスマホとにらめっこをして、鳴海沢君からのメッセージをずっと待っていた。
ご飯中も机の上にスマホを置いて通知音が鳴れば、その都度確認して。でも、来る通知は私が待っているものではなくて、期待外ればかりだった。
まだかな、まだかなと期待だけが割れる寸前の風船のように膨らんでいき時間だけが流れていっていた。
お風呂から上がり頭を乾かしているとポロン、とスマホの通知が鳴る。私はスマホを目にも止まらないスピードで取る。スマホを開くと、そこにあったのは私が期待していたものだった。
『夜遅くごめん。明日のことなんだけどさ、中央駅前に十時集合にしようと思うんだけど大丈夫かな?』
鳴海沢君を待たせまいと手早く文字を打つ。
『全然大丈夫だよ』
鳴海沢君から頼まれたら、大丈夫であろうと大丈夫じゃなくても私は無理をする。けれど、それは本人には伝えれない。きっと、引かれてしまうから。これが文字違いの惹かれてしまうなら、いいのだけど。
『良かった。じゃあ、明日中央駅前でね。おやすみ』
おやすみの言葉に私は熱くなる。好きな人からおやすみを言われただけなのに、人間はこうも高揚感と多幸感に包まれるというのか。こんなふわついた気持ちで私は眠れるのだろうか。明日遅刻してしまうのでは無いのか、などと心配していたがベットに入った瞬間に私は寝た。
次の日、雀の気持ちいい鳴き声で私は目を覚ました。太陽の光がカーテンの隙間からこもれる。ベットから体を起こして、洗面台に顔を洗いに行く。
鏡に映った寝癖が酷い自分の姿を見て、この状態で鳴海沢君と会ったらどんな反応されるんだろうと考える。
冷たい反応とかかな、それとも他人のフリとか。鳴海沢君はそんな事しないか、と色々なことを頭の中に巡らせながら身だしなみを整える。
服を姿見鏡で服のシワを簡単に直して、家を出る。気持ちのいい気温が体を包んで、今から鳴海沢君と遊びに行くというワクワクも相まってか足取りは知らない内に早くなっていた。
家から中央駅前はそう遠くない位置にある。歩いて大体十分。私は余裕を持って行動する癖があるから、今日も約束時間の十分前には着いていた。
ソワソワと落ち着かない心。浮き足立ったふわりとした感情を抑えようと深呼吸をして、スマホを開き時間を確認する。まだ約束の五分前だ。早く着きすぎたかな、と思っていたら男性に声をかけられる。
「おはよう、夏海さん」
そこに立っていたのは待ちに待った鳴海沢君がいた。
鳴海沢君の私服はブルーのオープンカラーシャツ、その下にはブルーを際立たせる無地の白の半袖。これらは鳴海沢君の爽やかさを倍増させ、見る人の目をより濃く強く奪うほどに美しい。
新鮮味を味わえると同時にこの姿を見ることは罪に問われてしまうのではないかという、頭のおかしな考えが脳みそを埋め尽くす。いつもとは違う格好に気を取られて、返事を忘れていた私に鳴海沢君は、どうしたの?と言う。
「あ、いや。おはよう、鳴海沢君」
私は慌てておはようと返したけど、それはとてもぎこちないもので見惚れていたことに気付かれてしまうのではないかと心臓は早鐘を打つ。
「電車の時間はまだ余裕あるけど、先にホームで待っとこうか」
冷静を装って鳴海沢君の横を歩いてるけどおかしくないだろうか。私はちゃんと普通を振る舞えているだろうか、鳴海沢君の横を歩くにふさわしい人になれているだろうか。
でも、ちゃんと振る舞えてなくても、ふさわしくなかったとしても今はただこうして横を歩けていることが嬉しい。
電車がホームに来るまでの間、私と鳴海沢君は沈黙の空気をまとっていた。何を話そうかと頭の中をグルグルと回すけど、納得できる話題が思いつかなくて、口をつむぐことしかできなかった。
昨日見たテレビの話題でも。いや、鳴海沢君が見てるとも限らない。あぁ、なにか喋らないって焦っていたら鳴海沢君が口を開く。
「夏海さん、今日はありがとうね。僕の急なお願いを聞いてもらって」
「え、全然いいよ?むしろ、有難いぐらいだよ」
「……そうなの?こんな訳の分からないお願いなのに?」
「うん、有難いよ?」
鳴海沢君とどこかへ出かけれる口実が出来たのだから、どんな願いだって有難いに決まっているのに。しかし、そう思っているのは私だけのようだ。
鳴海沢君は有難いと真剣な表情をした私に困惑した様子で、首を傾げる。
「でも、有難い?なら良かった。誘った後にやっぱり良かったのかな?って思ってメッセージ送るの遅れちゃったんだ」
あぁ、だからか。と私は心の中で納得した。メッセージが待てど待てど来なかったのは、鳴海沢君の自責の念のせいだったと判明した。
別にそんなこと思わなくていいのに、と心の中でぼやく。
「なぁんだ、そんなことか。私は全然大丈夫だよ。大丈夫じゃなかったら今ここにいないよ」
「それもそっか。じゃあ、改めてありがとう。そして、よろしくね」
「……うん、よろしくね」
こうして、私と鳴海沢君の擬似逃避行劇はスタートする。
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