第28話 ニクシミノリユウ

「えっ……?」


 予想だにしなかった言葉に、ツカサは目を泳がせた。

 『存在を消された』とは、いったいどういうことなのか。それも同じ人間によって。


――この人たちは、なにを言ってるの……?


 動揺するツカサの表情に、ヒカルとマヒルは愉しそうに彼女の両腕に指を這わせる。ツー、となぞられた神経が、逆立って全身を震わせた。


「『』」

「聞いたことないの?」

「「かわいそう」」


 耳慣れない言葉に視界が揺れる。彼らの言ってることが理解できない。


「……だって、誰も、教えて、くれなかった、からっ……」


 しぼり出した声が震える。

 双子につかまれた肩や腰、腕の密着した箇所から、まるで力を吸い取られていくような錯覚を覚えた。


――ハルさんとホノカさんは、知って、るの?


 要注意管理対象隔離措置。

 それはきっと、スペランツァにとっては重要なことで、ハルやホノカはその言葉の意味を知っているのだろう。だから二人は彼らを敵だと認識し、なにも知らされていない自分に攻撃を指示したのだ。


「これは復讐なんだよ」

「ボクたちを認めなかった人間への」


 双子の声が脳を揺さぶる。視界が暗くなるのと同時に思考力を奪われ、意識がぼんやりとしていく。侵食されていく感覚に腰が震えた。

 地面から沸いたペッカートが、ツカサと双子のうしろで傍観するようにうごめいていた。


「もういいよね?」

「もう、死んでいいよ?」

「キミも」

「あいつらも」

「「人間も」」

「っ!」「「ツカサっ!!」」


 名前を呼ばれて、ツカサはハッ、と息を吸う。現実へと引き戻された意識が鮮明になるにつれて、ツカサは視界に飛びこんできた光景に声を震わせた。

 ハルとホノカが、ペッカートの壁をぶち抜いて駆けてきていた。


「ツカサっ! いま助けるから!」

「手を伸ばしなさい!」

「は、るさ……、ほのか、さっ……!」


 ところが巻き上がった砂煙が、ハルとホノカの行く手を阻む。

 かすむ視界の向こう側で弓を構えるツカサの姿が、ハルとホノカの足を止めさせた。


「ツカサ!? なんでっ」「待ってハル」


 駆け出そうとするハルを、ホノカの手が制する。


「なんだか、様子がおかしいわ」


 伸ばされたツカサの腕に重ねられた双子の手。それが、まるで侵食するようにツカサの手の甲に沈んでいた。


「あーあ、マヒルがちゃんと狙わないからはずれちゃったじゃん」

「そーゆーヒカルこそ、ちょっと威力が弱いんじゃない?」


 ツカサをはさんで言い合う双子は、彼女の怯えた横顔に満足そうに目を細める。

 そうしてゆっくりと耳元に唇を寄せた。


「「じゃあ、もう一発、いってみよっか♪」」


 その言葉とともに、ツカサの腕は自らの意思とは無関係に矢をつがえていた。


「っやだ……! だめっ……!」


 勝手に狙いを定める腕を、ツカサはまばたきもせずに凝視していた。

 矢を引く右腕が、ゆっくりとうしろに引かれる。


――だめだよ、お願い! やめてっ!!


 次の瞬間、放たれるはずだった矢が、回転する風の渦となってツカサの両腕に絡みついた。

 無数の風の刃が、ツカサの腕もろとも重ねられた双子の腕にも傷を負わせていく。


「あはっ、生意気に抵抗してんの?」

「もう腕の感覚なんて、ないはずなのにね」


 形を保てなくなった武器が、霧散してさらに渦を大きく鋭くしていく。


――血が、熱い……!


 体の中が沸騰しているんじゃないかと錯覚するほどの熱量が、ツカサの全身を駆けめぐっていた。


「っハル、さん……、ホノカ、さんっ……!」


 ツカサはこみ上げてくる嗚咽感に耐えながら、震える唇を必死に動かし言葉を紡ぐ。


「来ちゃ、だめですっ……!」


 ハルとホノカが目にしたのは、懸命に笑顔を作ろうとするツカサの歪んだ姿だった。


「バカ! あきらめんじゃないわよ!」

「ぜったい助けるから!」


 二人の声に、ツカサは静かに首を横に振る。


「犠牲は、わたしだけでいい。お二人は、生きてくださいっ!!」


 双子の手にとらえられた時点で、運命は決まっていたのかもしれない。

 自分一人のためだけに、二人を危険にさらすわけにはいかなかった。


――スペランツァになったおかげで、わたし、少しは長生きできたのかな?


 精一杯の笑顔を浮かべるツカサの頬に、ひとすじの涙が伝う。


「なんか興ざめー」

「もう飽きちゃったー」


 ツカサの手から風が消え、双子の腕が離れていく。

 真っ赤に染まった傷だらけの腕が、重力に従ってだらりと脱力した。先ほどまでの熱がうそのように、今度は全身が冷えきっている気がする。


「「お前」」双子の声が、やけにはっきりと頭に響く。


「「もう、いらないや」」


 離れたはずの双子の手が重なるようにして、ツカサの細い首をつかんだ。強制的に上を向かされ、一瞬息苦しさを覚える。

 歪んだ視界に広がる空が、憎いほどに青く澄み渡っていた。


――わたし、このまま死ぬのかな?


 まるで他人事のように冷静な頭の片隅で、ツカサはぼんやりとそう思う。

 次の瞬間、細い首の根元に左右から強烈な痛みが走った。歯を立てられたその場所から、全身に熱が広がっていく。血管を伝って体中を駆けめぐる燃えるような熱さに、理性が乗っ取られていく。


「ぅあっ……!? っあ……、あぁっ……!!」


 呼吸が乱れる。

 急激に上がった心拍数は、次第に拍動をやめていく。

 朦朧としていく意識に平衡感覚を失い、自力で立っているのかさえ定かではない。

 無機質な冷たさを放つ唇に反して、肌に触れる舌のぬくもりがやけに生々しかった。


「っ、しに、っく……、なっ……!」

「「ツカサぁぁあああぁっ!!」」


 しなるように痙攣する小さな体が、用済みと言わんばかりに無造作に投げ捨てられる。

 ハルとホノカが伸ばした手は、宙を舞う彼女には届かなかった。

 二人の叫びは、ぬけ殻となったツカサの体とともに黒い波に飲みこまれていった。


「アッハハハハッ♪」

「あっけないねぇ♪」

「「人間なんて」」



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